ある男の人生日記 ~愛する息子に捧ぐ~

元役者で転職12回、結婚4回、50才過ぎて初子育てと、何かと波乱万丈な人生を歩んでいます。過去を振り返り、これからの人生の幸せを考えて行きます!

2度目の結婚と業務委託同時始動!~ついに別れの時~

 妻が失踪し、連絡が取れなくなり10日間ほど過ぎました。

どうにか睡眠時間を削りながらホテルの運営に携わっていた私は心も身体もボロボロの状態になっていました。

 

 ただそんな折、妻から突然連絡が来ます。

「彼のところに行ったんだけど、帰って欲しくないからいてくれと言われ、旦那にも連絡をするな」と。

私も自身の状態がボロボロだったこともあり、そこで文句のひとつも全く出てきませんでした。

「それでどうするの?」と話すと。

妻は「とりあえずまだ正式に離婚したわけでもないし、荷物もあるから契約期間までは働く」と。

 

 ただそれが終われば正式に離婚して欲しいと。

私は「分かった」という言葉しか出てきませんでした。

 

 それからなぜか新しい彼と一緒に妻は戻ってきて、改めて妻の新しい彼氏とも会うことになりました。

私が言うのも変ですが、非常に真面目な方で、私に対してきちんと筋を通したいと思い、一緒に会いにきたらしいです(彼の真剣さはとても伝わりました)。

 

何だか滅茶苦茶な展開になりましたが、付き合った期間を入れて4年ほどでピリオドが打たれました。

 

 ここで余談ですが、妻は私の13才年下で当時23才、私は当時36才だったのですが、新しい彼氏は当時40才でさらに私より年上だったのには驚きました。

 

 次の支配人、副支配人候補の研修が契約満了後に1ヶ月間ありましたが、そこは私のみが残って教えることとなり、候補生が来る前に妻は新しい彼氏と新たな地へ移っていきました(なぜか3人で荷物をトラックに運ぶ不思議な風景が展開されていましたが)。

 

 何か色々あり過ぎたことで、自身もかなり吹っ切れた気持ちとなり、笑顔で旅立つ彼女を見送ったシーンのみ今でも鮮明に覚えています。

 

 そこから先について私は知る由もないですが、幸せな日々を送っていると良いなと思います。

 

 結婚って本当に難しいですね。

ただひとつ言えるのはお互いがお互いに思いやりを持ち、日々の暮らしの中でパートナーの変化に気づいてあげないと、そこの亀裂がどんどん広がっていき、修復不能な状態に陥ると思います。

 

「親しき中にも礼儀あり」

まさにその通りだと。

 

 夫婦は所詮他人で、お互い違う環境で育ちます。

だからこそ一緒に生活していくには良い面悪い面の表裏一体が生じてくる覚悟が必要かと。

やはりすべてがすべてマッチすることはないので、どこか自身のこだわりを譲る部分がないといけないですね。

 

 あくまで私の経験則での話ですが、私たち仲良しなんですというアピールが強い夫婦に限って「仮面夫婦」な人が多い気がします。

そういう方に限って自尊心や自己肯定感のかたまりみたいな人が多いと感じます。

 

 もちろん生きていく上でその気持ちはある程度必要なことだと思いますが、そういうアピールが強い夫婦ってビジネスパートナーな側面を持ち合わせている気がします。

 

 大半は一般の夫婦です。

やはり譲り合いや感謝の精神を私は忘れてはいけないと思います。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

2度目の結婚と業務委託同時始動!③

 前回の出来事があり、徐々に妻との関係がギクシャクしてきました。

これに関してはもちろん浮気をした妻が悪いと思うのですが、何か浮気になる原因を私がつくっていたのではないかと考えました。

 

 確かにこの生活は普通の生活と比べればストレスが溜まる生活かもしれません。

ずっと仕事場に関わることになりますし、ホテル内の部屋にいても何かあれば呼ばれることもあります。

 

 私はそんなに外部の人たちと頻繁にコミュニケーションを図りたいと思わない性格なので、この生活サイクルはそこまで気になりませんでしたが、普段から非常に明るく元気で人とのコミュニケーションが大好きな妻にとっては苦痛だったかもしれません。

 

 思い当たる私の原因ですが、この生活に私はストレスが無いといいつつも、大好きな車を頻繁に変えており、結構な無駄遣いをしてしまいました。

車を購入する際も妻には軽く相談し、ディーラーにひとり行っては、勝手に商談を進めて、そこから「気に入ったから契約するね」と妻に電話をしていた記憶があります。

 

 さすがに何百万もする買い物なのに、常識的に考えておかしな話ですよね。

他の事に関しては妻に優しく接しておりましたが、そこ(趣味の車)に関しては私が夢中になり過ぎて、完全に相手を思いやる気持ちが欠如していたと思いますし、そこが普段知らず知らずのうちに溜まっていたストレスの捌け口だったかもしれません。

 

 常に2台を所有し(大きいのと小さいのと)、3年間で8台乗り換えました。

本当は妻も私に文句を言いたいのに、唯一の私の趣味だから我慢していたのでしょうね。

そこが積み重なって爆発したのではないかと。

 

 私自身もそこは後ろめたかった気持ちもあり、今回の浮気については責めることもなく、関係を修復していこうと思っていました。

 

 ただ、それからしばらくして第2の浮気が発覚します。

妻はうっぷん晴らしのように一晩限りの関係と思っていたようですが、相手はそういった気持ちは更々なく、今後の関係も迫ってきたようで、困った妻は私にそこを正直に話をし助けを求めてきたため、私も相手に何度も連絡をするも連絡は取れず、最終手段として浮気相手の会社に連絡を入れました。

 

 相手も妻子ある人で、会社での地位も高かったこともあり、最初は知らぬ存ぜぬを繰り返していましたが、証拠は沢山残っていたため次第に向こうも観念しました。

この件に関して浮気相手の男も事の重大さに気付いたのか、弁護士を雇い、あとは代理人を通しての話し合いとなり収まる結果となりました(あまり気分的には良くなかったですが)。

 

 私は何をやっているんだろうとその時は非常に虚しく感じました。

もう正直妻とは修復不可能なのかなと。

 

 さらにそれから妻はとんでもない行動に出ます。

またまた新しい人が出来て、挙句の果てはその彼と暮らしたいから仕事を辞めると言い出しました。

 

 ホテルは3年の契約期間があるのですが、契約満了まであと3ヶ月と迫った時期になり唐突に言われたため、私も驚きは隠せませんでした。

私は「え?」と思いつつも、「もう俺とはやっていけないのは分かるから、残りの契約期間は頑張ろう」と言い、妻も「分かった」と言いました。

 

 ただそれから1週間ほど経ったある日、妻は忽然と消えてしまいました。

 

 私はホテル運営をひとりで行わないといけなくなり(日中はアルバイトの方がいましたが)、いなくなった妻の事を考えている余裕などない生活に突入していきました。

 

 どうなるんだろうと不安な思いに駆られながら、、、。

 

 また次回お話させていただければと思います。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

2度目の結婚と業務委託同時始動!②

 業務委託にて仕事を始め、私たちは水俣の地にて改めて新たな生活をスタートさせました。

人口も少なく非常に住みやすい街ですが、商店街に立地しているため、しばらく住んでいるとあの人はどこの人ということが分かるレベルになるのが、良い点でもあり悪い点でもありました。

 

 私たち夫婦もあの2人はホテルを運営している夫婦だということが、しばらくして認知されました。

また妻はとても社交的な人間だったこともあり、私よりも先に商店街の方達と仲良くなってきました。

 

 前にもお話しましたが、接客をする上では全く問題はないのですが、基本私は人見知りで社交的ではないため、そこに関しては非常に助かりました。

 

 とても住みやすい街で、買い物にも困ることはなく、山や海もあり自然環境も豊で、ちょっと足を延ばせば温泉もあり、そこでの生活には満足していました。

 

 ただ水俣に住み始めて1年半が過ぎたころ、妻の様子がおかしくなってきました。

本来はホテルに住み込みが原則なのにも関わらず近くに部屋を借りたいと。

 

 確かに24時間365日勤務なので、私と妻は交代交代で勤務することが多く、同じ仕事をしているのに基本すれ違い生活でした。

普段仲は良かったと思いますが、夫婦として成立していたかといえば成立していなかったのかもしれません。

 

 ずーっとホテルの中で暮らしているから、気分転換のために部屋を借りて、自分が休める時はそこで休みたいという申し出を私にしてきたため、「まぁその気持ちも分からないことはないな」という思いから、近所の商店街に顔見知りの不動産屋さんがおり、そこで頼んで物件を探してもらい、いくつか見た中で妻が気に入った物件を契約しました。

 

 私はホテル住まいを続けましたが、そこから妻は仕事もしくは私と食事や買い物以外でホテルにいることはほぼ無くなりました。

 

 しばらくしたある日、妻がホテルに忘れ物をしたことがあり、ホテルもアイドルタイムだったため、他のスタッフに店番をお願いし、妻が住むアパートへ届けに行きました。

 

 アパートへ着きインターホンを鳴らすと、奥からバタバタと焦るような雰囲気を感じました。

「ん、何かあったかな?」

合鍵は持っていたので合鍵でドアを開け中に入ると、知らない男が慌てて出てきました。

「あなた誰?」と私が言うと、男は分が悪そうに立っており、妻が慌てて奥から出てきて「お客さんだよ」と。

私が「お客さんって、何で自分の友人が水俣まで来ているんだ」と問いただすと、妻は「ホテルのお客さん」だと。

 

 要は簡単に言うと浮気です。

よくよく話を聞くと、前に妻のみがいる時間にチェックインしたらしく、その後仲良くなり(どこかで聞いた馴れ初め、私と同じだ)、それから個人的に妻と連絡を取り合い、妻がいる時間にしかチェックインをしなかったので、私は彼の存在を全く知らなかったのです。

 

 ただ段々と仲良くなる内に、関係が発展していったため、ホテルで逢うにはリスクが大きいため(私や他のスタッフに見られる可能性が高いので)、密会用の部屋が欲しかった訳です。

 

 私は滅茶苦茶頭に来ましたが、仮にもホテルのお客様であることもあり、そこは冷静に「私たちは結婚しています、この意味が分かりますね」とだけ伝えました。

そうすると男は初めて口を開き「申し訳ございません、奥様とは金輪際連絡は取りません」と。

私はその時「ではあなたの言う事を信じますが、あなたの名刺を1枚私に下さい」と言いました。

名刺を見るとかなりの大手企業の社員でした。

自身の今後のリスクを考えると、必ず別れるということは彼の雰囲気から感じました。

 

 そこからほどなくして部屋は解約しました。

 

 かなり頭にきたものの、生活が特殊な生活だしストレスが溜まって起こったことかなと思い、妻を必要以上には責めることはありませんでした。

「今後の二人の生活をきちんと見直していこう」と私は心に誓いましたが、妻の心の中では私と全く違う思いをすでにその時抱えていたようです。

 

 また次回お話出来ればと思います。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

2度目の結婚と業務委託同時始動!①

 2度目の結婚話が進み、就職活動をしていた私でしたが、地元は仕事が少ないこともあり、他の地域にも目を向けるようになります。

 

 そこで目にした仕事が某有名ホテルチェーンでした。

今でこそかんり有名ですが、当時はまだまだ知名度も低く、ほとんど無名だったため初めて聞く名前に、この会社大丈夫かという気持ちはありましたが、元妻がホテル経験者という事と、私も飲食店の店長経験があったため応募してみました。

 

 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、某Sホテルチェーンは夫婦もしくはカップルでホテルに住み込み、個人事業主として支配人と副支配人になり、そこに付随する業務に携わるホテルです(平たく言うとコンビニのホテル版ですね)。

24時間365日すべて仕事ですが、深夜はフロントを閉めるのと、慣れれば自身が採用したスタッフにオペレーションを託し、まる1日休みは難しいですが、休みは取れます(今は分かりませんが、本社にお金を支払えば1日休みも可能でした)。

 

 最初は書類選考からでしたが、しばらくして書類選考通過の連絡があり、本社まで面接に行きました。

そこで現会長と部長に面接していただいたのですが、面接は非常に和やかな雰囲気で進み、無事面接は終わりました。

 

 後日選考結果の連絡をいただけるということで、帰りに2人で観光していたのですが、その時に部長から連絡があり「ぜひお二人にお任せしたい」と言われ、あまりの返事の速さにやはり怪しい会社?と一瞬思いましたが、何だかんだで仕事も無事決まったため、その時は2人で気分良く観光して帰りました。

 

 赴任先は神戸ということで、着任する前に研修を受けなければなりませんでした。

後日、滋賀県大津市にあるホテルにて約2週間ほど研修を受け、あとは神戸の着任を

待つのみとなりました。

今でこそ研修はかなり長くじっくりと行うようですが、当時は非常に短い期間で研修が行われ、あとは店舗で実践していくというスタイルでした。

 

 着任日まで1ヶ月以上あったこともあり、初めての結婚の時には出来なかった結婚式を挙げようという話になりました。

自身の中でも1回目に結婚式を挙げず失敗していることもあり、後々後悔しないためにも式は挙げておきたいなという気持ちもあり、それから即準備に入りました。

 

 父の付き合いのあるホテルの責任者に話を通してもらい、式場は時間が無かったもののすんなりと決まり、式に向けて2人で準備を始めました。

 

 急な結婚式にも関わらず、招待客も快く応じてくれ、式はとても良い形で終えることが出来ました。

 

 式終了後パーティー会場に移動し、みんなに祝福されながら楽しい時間を過ごしました(2度目の結婚はこの時がピークだった気もします)。

 

 私がその後離婚し、あと2回結婚に至るのですが、式を挙げたのは後にも先にも2回目のこの結婚の時のみです(ここについてはまた別の機会にお話できればと思います)。

 

 それから2人で不安と希望を抱え神戸の地に移りました。

 

 そこに本社の方が2名おり、約5日間ほどヘルプで来てくれていましたが、その後は完全に2人で業務を行うこととなるため、同時にアルバイトの求人活動も行いました。

意外にアルバイト募集にもかなり反響があり、無事アルバイトスタッフ3名を採用し、私たちとともに初業務に挑むこととなりました。

 

 神戸から異動するまでは色々ありました。

〇くざの本拠地ということもありチンピラに絡まれたり(最後はなぜか幹部の人が現れ助けてくれましたが)、犯罪者が宿泊していたり、幼い子を連れた母親がDV夫から逃げてきていたり。

 

 ホテルって人生の縮図みたいだなと当時感じました。

もちろん良いお客様も多く、楽しく仕事が出来る面もたくさんありました。

 

 そういった毎日を過ごしていたある日、本社から連絡がありました。

「九州の店舗に異動してもらえませんか?」と。

せっかく環境に慣れ、常連さんにも顔を分かってもらえた矢先のことだったので、少し躊躇したものの、私も妻も九州出身ということもあり、妻の親御さんも喜んでいたため、九州への異動を承諾しました。

 

 場所は熊本県水俣市です。

そこへ異動した事でのちに離婚へと発展していくとは、この時点では夢にも思いませんでした。

 

 また次回お話させていただければと思います。

 

 本日も長い文章におつきあいいただきありがとうございました!

 

 

 

2度目の結婚に向かって ~就職前線異常だらけ~

 タイトルが・・・(年代出てますね)。

 

 私は最初に結婚した妻と別れてから5年後に再婚しました。

きっかけは私が求職活動中に派遣で旅行添乗員をしている時でした。

旅行添乗員の大半は派遣会社から派遣されていることが多く、あちこち行くのが好きな私にとってはとても魅力的な仕事でした。

 

 ある2泊3日の人気ツアーがあり、その旅行行程はかなりの本数で添乗員として参加したのですが、2番目の妻はある観光ホテルのフロント業務に携わっていました。

 

 かなりの頻度でツアーに行っていたため、徐々に顔見知りになっていき、世間話をするようになったのがきっかけでした。

次第に連絡先を交換するようになり、結構な頻度でメールが届くのですが、私の性格上メールが来ているのに放置するということが出来ないため、メールが来るたびにきちんと返信しておりました。

 

 

 別なツアーにも参加していて、元妻が働いているホテルへのツアーに久しぶりに参加したのですが、そこで言われたのが「メールをきちんと返してくれる人ってなかなかいないからうれしい」と。

私は他の人はそんなものなんだと思ったのですが、のちのちこの意味に気づかされるのです。

 

 それからほどなくして付き合いだし、知り合って1年後くらいには同棲を始めました。

彼女は勤めていた地元のホテルを退職し、私の地元へと引越してきました。

同棲を始める時に、収入の安定しない添乗員は続けられないと思い、ある販売職の仕事に就きました。

 

 けっして給料は高くはありませんでしたが、仕事自体は難しくもなく毎日淡々と仕事をする生活でした。

そのころ元妻は私の知り合いの居酒屋でアルバイトをし収入を得ていました。

 

 ある日そこの店長が私に対し思いもよらぬことを言ってきました。

内容は「仕事も真面目にやってくれているし、何もあなたに問題はない」と。

さらに「今同棲しているんであればこの仕事をやっていて結婚するつもりなら辞めたほうがいい」と。

また「この会社は昇給も無ければ賞与も無い、将来をしっかり考えるならば転職したほうがいい」と。

 

 その店長さんは女性の方で、旦那さんが普通の企業に勤めており、私はここの正社員で満足はしているけど、あなたは若いし今後家庭を支える身だから、一度考えてみて欲しいと。

最後に「確かに私が採用しておいておかしな話だけど、あなたを見ていたらもっと可能性のある職場に移ったほうがいいんじゃないかな」と思ったと。

 

 正直びっくりはしましたが、そういう暖かい気持ちで言ってくれているのはとてもうれしかったのを覚えています。

 

 そこで私は再度転職を試みるのです。

まだ当時は30代前半だったこともあり、意外と転職はすんなりといきました。

ケーブルテレビ局と広告代理店の2社から内定をもらいましたが、私の興味的にはケーブルテレビの方だったのでそちらにお願いの連絡をしたのですが、意思を伝えてすぐに担当者から折り返しの電話がありました。

 

 「大変申し訳ないのですが、今後事業自体の存続が厳しくなっており、今回の内定はなしにして欲しいのですが」と。

ではなぜ求人を出したの?と疑問を持ちましたが、食い下がったもしょうがないので「わかりました」とひと言答え電話を切りました。

 

 そこでもうひとつの広告代理店に就職するのでした。

地元ではそこそこ大手の代理店で、広告全般、雑誌、求人誌等の事業を行っている会社ですが、私の配属先は求人広告部門でした。

担当地区があり、その地区のクライアントにアポを取ったり、または直接営業に行って現在の人員状況をお伺いし、求人広告を出してくださる場合は内容を打ち合わせし、広告の作成を行い、広告が出来上がったら確認をしてもらい、修正があれば修正し再度確認してもらい、確認を終えたら自社の子会社の印刷所に提出するという仕事です。

 

 仕事自体は嫌いではありませんでした。

ただ、営業に行くのも私、広告を作成するのも私、クライアントに確認するのも私、印刷所へ持っていくのも私と、ひとりで印刷以外のすべての工程をこなすため、いくら時間があっても足りず、毎日朝8時から行って事務所の掃除を行い9時に始業、仕事が終わるのは平均して毎日22時頃でした。

クライアントさんも広告を出すからには良い人材が欲しいという気持ちが強く、リクエストもかなり多かったため、誌面の構成を枠に収めていくことや、イラストレーターというソフトを初めて使う私のにとっては使いこなすまでに時間を要し、広告が重なった時は深夜12時を回るなんてことも多々ありました。

 

 その時は元妻が車で迎えにきてくれるのですが、元妻として知らない土地で同棲を始めたものの、私が毎日遅い帰宅でしたし、心の中は正直寂しかったと思います。

やはりある日「仕事楽しい?」とか「会社はどんな感じ?」とか遠回しに詮索されました。

 

 地元で大手といえども残念なのは残業代がつかないという点です。

だからいくら働いても給料は目標達成の歩合のみが付くだけで、残業代は込みの手当てでごまかされていました(いわゆるブラックってやつですね)。

 

 そこで私はまたまた転職の決意を固めるのでした!

 

 また次回お話出来ればと思います。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

秋田県への道のりはいつ?

 私は旅行が好きなことと、ホテル業界が社会人経験の中で一番長いということもあり、全国各地に旅行に行ったり、転勤であちこちの市町村に住んでおりました。

 

 転勤族だったため、持ち家を買おうと思ったことは一度も無かったのですが、子供が生まれてみると家が欲しくなるのも、確かに今では分かる気がします。

 

 子供は家の中を駆けずり回りますし、急に大声で歓喜の声(大人だと奇声ですが)を出したりするので周りの住民への配慮が非常に必要です。

アパートやマンションだと足音の面でも下の階の方に気づかわないといけませんし、小さくてもいいから庭があると助かるなと思う場面もちょくちょく感じます。

 

 ただ現在51才。

住宅ローンで買うにも先々が短いし、現実的にも難しいですね。

 

 話は戻りますが、全国津々浦々行った私ですが、つい3年前までは47都道府県中で秋田県山形県だけが足を踏み入れてない県でした。

あとはじっくりと全ての市町村を回ったわけではないですが、すべて行きました。

 

 何でそんなことを考え出したかというと、昔読んだある小説がきっかけでした。

阿刀田高という作家の「ぬり絵の旅」という小説です。

内容は割愛しますが、主人公の男性が女性と行った場所の白地図を塗りつぶしていくという描写が物語に出てきます。

私は短編小説が好きで、特に阿刀田先生の作品はちょっとした隙間時間に読めるし、主人公も普通の生活圏にいそうな感じの方が多く、話が入ってきやすいというのが私の中では良かったのかと思います。

 

 その時、「自分はどの位の都道府県を回ったにかな?」と読み終わった後に数えたのがきっかけです。

それ以降は県を追加していき、小説を初めて読んだ約25年後に残り2県に至ります。

 

現在は福岡県在住ですが、昨年までは石川県に住んでおり、さらに3年前は東京に住んでおりました。

 

 東京に住んでいた際は私と妻の2人だけで、子供はいなかったので休日を使って良く旅行に行っていました。

その時たまたま長期で旅行に行けそうな休みがあったので、車で関東から太平洋側を北上し、日本海側まで回って帰ってくるという3泊4日の旅に出たことがありました。

その時に山形へ初上陸したため、残すは秋田のみとなりました。

 

 その後石川へ移ったので、日本海側を北上すれば行けるしチャンスだと思いましたが、石川へ行った年に妻の妊娠が発覚し、しばらくの間は旅行はお預けとなりました。

産まれてからしばらくは初の子育てにいっぱいいっぱいで、旅行どころではなくなりました。

 

 子供も首が据わりだしたころ、上長から「ついに奥さん念願の福岡(妻の出身地です)へ異動が決まりましたよ」と告げられ現在に至ります。

 

 あとひとつだったのに。

秋田からかなり遠い福岡へ移ってしまったw。

 

 人生意識していないと何事もスムーズに進む気がしますが。意識しだすとなかなかうまくいきませんね。

 

 ここまでクリアするとすべてをコンプリートしたいという気持ちは強いですが、あまり意識せずに暮らしていたならばまたどこかでチャンスが出来るのかもしれません。

 

 せめて気力と体力がある元気なうちに行けたらいいなぁ。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

組織に馴染めなくても何とかなる ~今度は時代が味方!?~

 私は以前ひとつの会社に留まれないことをお伝えしました。

元々組織というものが苦手で、団体行動が苦手な私は違和感しか感じません。

何かを行う際にも確認を取りながら仕事に取り組まないといけないため、若い頃は本当に耐えがたい気持ちがありました。

最近は年を重ねたこともあり、以前よりはだいぶマシになりましたが、それでもたまにそこについて疑問を覚えたりもします。

全く言う事を聞かない人間でもないですし、周りにわがままなことも言いませんし、むしろ素直な方だと自分では思っています。

 

 自分で言うのもなんですが素直な分、他の人より色々なことを考えてしまい、心が窮屈になってくるのではないかなと自己分析しています。

 

 組織だからそれが当たり前と思う方も多いと思うのですが、私の中で確認が必要なのは会社のお金を動かす(使う)ことだとか、何か会社としてコンプライアンス的に問題があるということ以外は、本人にある程度の裁量を持たしてくれてもいいんじゃないかなと考えてしまいます。

 

 確かに経験を積まなければ何が社会の常識で非常識かの判断は難しいとは思うのですが、私は役者くずれで若い頃は会社員としてかなり非常識だったと思います。

 

 今経験を重ねて思ったこととしては、いかに失敗を恐れず取り組むかという点と、その失敗を通してきちんと反省し、同じ失敗を繰り返さないようにしてきたかが重要な点かと思います。

基本私は臆病であるが故に周囲が時折びっくりするような行動に出ることもあります。

臆病だからこそ、いざという時に急に大胆になるのです(自分の領域を守る行動ですかね)。

 

 ただ、会社のお金を扱う際は慎重になるため(お金は人を変えますし、かなり恨まれますからね)、会社に金銭面で大きな損失を与えてしまったことはないですが、あまりに理不尽な取引先とかお客様に対し社会人としてふさわしくない言葉を遣い、思いっきり詰め寄り反論したことも多々あります。

相手に「お前は〇くざ」かと言われたことも数回あります。

 

 もちろんそういう行動や言動も30代半ば位までで、その後はそんな輩のような対応はしたことはありません。

役者を諦めた26才から社会人となり約10年間位は自身の中でも試行錯誤していたんでしょうね。

 

 誰しも理想の仕事や、好きな仕事に巡り合いたいですよね。

百歩譲って自分らしく過ごせる風通しの良い会社とか。

 

 社会に馴染めない、また組織に馴染めないという私みたいな人もかなり多いかと思います。

今まで散々転職を繰り返しました私ですが、さすがに50才を過ぎた今からは転職は難しいと思います。

 

 ただ自身の性格は自身が良く分かっており、今いる会社に何か違和感を覚え始めたら、無理に自分に嘘をついてまで残るという選択は出来ない性格ですし、たぶんその時は辞めるという気持ちが勝るかと思います。

 

  会社には、本人の意識も高く自身のスキルアップを怠らずにどんどん出世していく人、仕事は出来ないけど世渡り上手で出世する人、まったく出世に興味が無いけど仕事はきちんとやる人もしくは最低限だけはやる人、まったく出世にも興味が無く仕事もやる気が無い人等、様々な人の集合体が会社だと思います。

そこにいることで苦痛を感じるのであれば無理に続けず、また仕切り直せばいいと思います。

 

 何か最近「地の時代」から「風の時代」へ変わったと良く目にしたり耳にしたりするようになりました。

簡単に言うと「心の喜びを大事にし、自分らしく生きていく」という時代らしいです。

「地の時代」は組織や会社(完全な縦社会)で物質にこだわる時代。

「風の時代」は個人やフリーランス(横のつながりや友人・仲間等)で物質にこだわらずシェアする時代。

 

 時代の流れといつもずれている私は地の時代に風の時代のような生き方をしていました。

 

 地の時代で自分らしく生きてきた私は非常に苦労の連続でした。

 

 ただそれでも何とか生きてこれましたし、今は金銭的余裕こそないものの、愛する妻と愛する子供と暮らせてとても幸せだと思います。

 

 私のように馴染めないとお悩みでしたら、今からは時代が応援してくれるのではないでしょうか。

無理に馴染まなくていいと思います。

 

 自分らしく生きても、悪いことに手を染めたり、人を貶めたりしなければ何とかなるのが人生だと思います。

 

 転職もかなり繰り返したしフリーランスでも今度は目指そうかな??

そう考えるとまた夢が広がりますよね。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!