ある男の波乱万丈人生の幸せ追及日記 ~愛する息子に捧ぐ~

元役者で転職12回、結婚4回、50才過ぎて初子育てと、何かと波乱万丈な人生を歩んでいます。過去を振り返り、これからの人生の幸せを考えて行きます!

100日連続101本の投稿を振り返って

 私がブログを始めたのが今年の2月2日でした。

 

 そして本日、2021年5月12日で連続投稿100日という日を迎えることが出来ました。

 

 お題をひとつ投稿した分があるため、全体では101本の投稿です。

 

 始めたきっかけは、自身の過去を文章で起こしてみることで、何が原因で波乱に満ち溢れた人生になってしまったのかを検証するためでした。

 

 始めた時は、毎日毎日更新していくつもりは無かったのですが、始めてみると筋トレではなく文トレになるのではないかと思い、とにかく毎日毎日ブログを投稿していくぞという気持ちに変わっていきました。

 

 実際ブログを始めてみてからというもの、会社の報告書関係の書類を終わらせるスピードが以前に比べて格段に上がりました。

 

 「継続は力なり」ってやつですね。

 

 そこで、自身で設定したのが100日連続投稿という目標でした。

 

 私の場合は自身の人生の歩みをひたすら書くのが目的だったため、ネタのようなものは存在せず、毎日パソコンやスマホで思いついたままに書き進めるスタイルを取っております。

 

 さすがに毎日となると、その日の書くネタが全く浮かんでこないという日も出てきましたが、どうにか100日連続を達成することが出来ました。

 

 こんな個人的な話を、見てくださる方がいらっしゃるのにはかなり驚きましたが、毎日書く上で本当に励みとなりました。

 

 この場を借りて改めてお礼を申し上げます。

 

「こんな拙い文章で、個人的内容のブログにご興味をお持ちいただきありがとうございます!」

 

 本当は他の方のブログも覗いて見たいという気持ちもありましたが、はてなブログの表紙に出てくる方たちのブログを見る限り、みなさんかなり完成度が高そうで、しっかり作られている感じでしたので、私のようなひと昔前の文章のみのブログで、さらに内容は個人的な話となると、私自身が完全に続ける自信を失ってしまいそうだったため、見たいなと思ってもあえて見ないようにしてきました。

 

 多分途中で見ていたら、自身のブログが恥ずかしすぎて止めていた可能性が高いと思われます。

 

 ただ今回、私自身の目標は達成出来ましたし、今後は他の方のブログも見ることも解禁したいと思います。

 

 毎日続けていると、それはそれで当たり前の日課となるので、思ったより苦痛ではありませんでした。

 

 まぁ、皆様のためになる情報を発信しているわけではありませんし、あくまで個人的な話ですからね。

 

 ただ、過去を振り返ったことで自分自身がかなり人として未熟だった点や、離婚と転職を繰り返してしまった原因が少し分かった気がします。

 

 今までの結婚生活は、付き合いの延長線上にあったに過ぎず、ちょっとした事が原因で別れてしまった気がします。

 

 責任感も無いし、我慢が足りないんですね、、、。

 

 就職に関しても、初めて入社した会社がとても良い環境の会社でしたが、祖母の入院で致し方なく退職して、そのあとなかなか良い環境の会社に巡り合えなかったのが、転職を繰り返した原因でした。

 

 日本に無数の会社があるにも関わらず、人間関係が良好な会社って本当に少ないと思います。

少なからずとも必ず嫌な方っておりますし、まるで自分が全てを仕切っていると勘違いしてる方もいます。

 

 そういう方ってしぶといし図太いですから、いつまでも自分の行動や言動に気づかず、上司に対してだけは細心の注意を払う事を怠らないため、その会社に居続けられるんですよね、、。

 

 今の私は初めて家族も出来ましたし、同僚の助けもあり良い職場にも巡り合えました。

 

 何があっても私を信じていてくれている妻と、私の事を大好きでいてくれる幼い息子に改めて心から感謝です。

 

 何事も投げやりになればそれなりの結果しか得られませんが、自身が真剣にきちんと向き合っていく姿勢があれば、自ずと道は開けていくんだなと、このブログを書き続けて痛感しました。

 

 実際、今まで続かなかった結婚生活も仕事もちゃんと続いています。

続けることが苦手だった私が、ブログをきちんと続けられたのも、今の生活が私の心と深く関わっているんだと思います。

 

 人は悩んで悩んで、また悩んで、そして少しずつ成長していくんですね。

 

 悩みを希望の光に変えるも、悩みを暗黒の苦しみに変えるも、自身の心持ち次第ということをこのブログを続けていて感じました。

 

 ちょっと気づくのが遅かった私でしたが、私より若い方であれば、もっと早い段階で人生を充実させることが出来ると思います(もちろん若くしてしっかりとされている方も数多くいらっしゃるかと思いますが)。

 

 コロナ禍が続き、なかなか通常の世の中には戻りそうにはありませんが、同じ生きていくなら楽しく幸せに暮らしたいと、今の私は思えるようになりました。

 

 悲観的な考えが常に先立っていた今までの私でしたが、ブログを書き続けたことで少しずつ心の変化が訪れ、文章も自然と前向きになっていることにも気づきました。

 

 そして意外と文章を書くのが好きなことも。

 

 「下手の横好き」ってやつですかね。

 

 ブログの連続投稿は一旦止めますが、今まで次のことを考える余裕なく走り続けたため、またこの形で投稿するか、新たな形で投稿するかをゆっくり考えてみようと思っております。

 

  本日までお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8才レベルも役に立つ!

 最近息子が妻よりやたら私に近寄ってきて、常に私の後をつけてきます。

家族3人で出かけても、息子は妻ではなく私に付いてきます。

 

 普通男の子ってママっ子じゃないの?と素朴な疑問も湧いてきますが、私の推測では以下のように考えられます。

 

 ・妻はあくまで母(大地や土台のような存在)であり、自分と本気の遊び相手にはなってくれない

 

 ・妻はどちらかというとマイペースなので、マイペースな息子の性格からすればそこに合わせてくれるパパの方に行ったほうが心地良い。

 

 ・妻は普通の女性なのでハイテンションにはなれないが、私は元役者なので息子に合わせていくらでもテンションを上げられる(楽しいので自然と上がるのもありますが)。

 

 ・妻は自分の時間を欲しがるが、私は息子といると息子に時間を費やすので息子も感覚的に私の方に寄って来る。

 

 ・妻は自分の見たい番組を見たがるが、私は息子が好きそうなYouTubeを探して一緒に見てくれる。

 

 ・妻は体重が重い息子の抱っこを拒否するが、私は息子が希望すれば老体に鞭を打ってでも息子を抱っこして上げるので、私といた方がいざという時に息子が楽をできるし、甘えられると思っている。

 

 ・本来であれば私は息子の祖父であってもおかしくない年齢なので、何か妙な安心感が息子の中にある。

 

 といったあくまで推測ですが、上記のことが考えられます。

 

 ただ最近思ったのは、女性よりも男性の方が何かと子供っていう点が、息子に響いている気もします。

 

 私は妻と15才年が離れておりますが、普段の言動を考えると私より妻の方が完全に大人です(笑)。

 

 よく中二病って言われますが、中二病は思春期さながらの性格を持ち合わせているので、相手にする側からすれば厄介な相手です。

 

 男はいつまでたっても子供で、やたら夢やロマンを追いかけるものですが、女性はしっかりと現状を見つめており、男に比べてかなり思考が現実的です。

 

 さらに私は妻に、「今日は何々があって、色々大変だったよ」みたいなことを良く言っておりますが、妻から私にそのような報告は一切なく、すべて生活を送る上での話が多いです。

 

 要は私は妻に「大変だったね」のひと言を求めているってことです、、、。

妻はそういったことを私には求めませんが、「ありがとう」というお礼の言葉は喜んでくれます。

 

 男性は自らアピールするのに対し、女性はさりげなくやっていることを男性が気づいているのかどうかを確かめているため、このような違いが出るのではないかと感じます。

 

 あと男性は、頑張っている自分をやたらアピールしたがる傾向がありますが、女性にはあまり多く見受けられない姿だと思います。

 

 外の世界で頑張るか、家庭をきちんと守っていくかの違いだけで、互いに忙しさは変わらない訳ですが、男性は何か自信に結び付く台詞を妻に言って欲しいんでしょうね、、、。

 

 さて、ここで本題に戻します。

 

 私は常日頃から妻に「俺、8才から自分が全く成長していない気がするんだよね」と言っております。

 

 それはなぜ8才なのかと言いますと、幼い子のように妻にべったりと甘えるわけでもなく、思春期のような複雑な性格ではなく、周囲に特に迷惑はかけないからです。

 

 自分の中に何か純粋な気持ちは持ちつつも、時に言動が子供のような発言をして妻の気を引いており、そういうくだらないことで妻の笑いを取ろうとしています。

 

分かりにくいので一例を挙げると(恥ずかしいのでサラッと読み流して下さい)。

 

 あるドラッグストアの駐車場で車を停めようとした際、同時位のタイミングで横の車が動くため、周りが良く見えない時に言った台詞です。

 

 「あー横の三日月が視界を邪魔して全く見えないよ」と。

 

 何が言いたいかというと、横の車の方が非常に面長であごが伸びているので、それを三日月と表現するわけです、、、。

 

 普通の大人なら、「横の車が邪魔で見えないな」で終わると思います。

 

 いやー、私も51才。

こんな台詞を言う同級生っているのかなと思うのですが、こういった言動は未だに止めれません。

 

 妻に内容によっては本気で怒られることもあるため、言ったあとに妻の反応を伺う自分がいます。

 

 その時は妻に「もぉー。またそんなこと言って」と怒られましたが、妻もその表現はしっくりきたのか、怒りながらも笑っておりました。

 

 話が少し変わりますが、根暗の私が子ども時代に初めて友達が出来たのが8才の時でした。

人をそこまで傷つけない例えを唯一の武器に、友達の気を引こうと考えた技のような気がします。

 

 もちろん人に対して面と向かって言ったことは一度も無いです。

 

 それを大人になった今でも言っているため、私は8才から成長せず今に至っているのではないかと思うのが理由です。

 

 でも、その子どものような気持ちが息子と遊ぶ時に役立ってはおります。

 

 先日も息子と一緒にお風呂に入ったのですが、お風呂から息子の悲鳴のような笑い声が響いていたらしく、私が風呂上りの際に妻に訊かれました。

 

 「もとがあんなに悲鳴を上げて喜んでるのは、私とお風呂に入っている時には聞いたことがないんだけど、何してるの?」と。

 

 私は「水遊びを一緒にしていたんだけど、お湯から水へシャワーを切り替えた瞬間に、もとがびっくりしてキャッキャッ喜ぶから、それが楽しくてお互い水を掛け合って遊んでいたんだよ」と答えました。

 

 妻は「へぇー。やはり男の子だね、私ならお風呂でそんな遊びはしない。だけど〇〇(私の名前です)も楽しそうな声出していたね」と一蹴されました。

 

 ただ遊ぶだけでは息子も喜ばないので、私もレイザーラモンばりに高く大きな声を上げて遊んでいました。

 

 息子と休みの日に公園に行くのですが、あまり人がいなかったり、だだっ広いところが多いため大丈夫なのかもしれませんが、世間のパパを確かに見ていると私のような奇声を上げて遊んでいるパパは見たことがありません。

 

 たまに不意打ちで誰かに見られ「すごく楽しそうですね」と言われることもあり、非常に恥ずかしい思いをしますが、子どもと全力で遊ぶと決めた私ですし、息子も喜んでいますから、今後もこのハイテンションスタイルは変えずにいこうと思います。

 

 お笑い芸人は実際会うと暗いって方が多いですが、私も完全にその部類の人間なんだと思います。

 

 見た目はじいじと孫なのに、遊んでいる姿は小学生と幼児でしょうね、、、。

 

 私は、世間の若くてスラっとしたパパでもないですし、私は私なりのやり方でこれからも遊んで行きたいです。

 

 明るくいつも笑顔でいられるならそれが一番ですしね!

 

 という、なかなか大人になり切れないおやじと息子の話でした。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

ちょっと前までは

 先日、私の父と母の話をさせていただきました。

 

 父は家庭が貧乏だったこともあり、買いたい物も欲しい物もすべて我慢し、弟と妹の学費のために稼いだお金を使っていました。

そういった背景があり、好きな物を好きなだけ自由に買い揃えるという憧れを持っており、それが原動力となり仕事を頑張り、出世して所得が少しでもアップする事を目指していました。

 

 そんな父でしたから、常に最新の物やブランド品を手に入れる事で、満たされなかった時代の穴埋めをしていた気がします。

 

 若い頃、欲しい物が何も買えなかった分、その反動が大人になってから出てきたんでしょうね。

 

 母は全くと言っていいほど物欲が無く、欲しい物はビール代のみでした(笑)。

 

 私は父のおかげもあり、何不自由なく育ちましたが、物欲に関してはどちらかというと父親譲りで、最新の物やブランド品にすぐ飛びつくタイプでした。

 

 私の場合は根暗で特技もない自分を、物を買い揃えることで虚栄心を満たしていただけな気がしますが、、。

 

 過去形になったのも、すべて息子が関係してきます。

 

 私は時計と車が特に大好きで、以前は高級時計と言われる物も数本持っておりましたし、車も超まではいきませんが、そこそこ高級な部類に入る車に乗っていました。

 

 世の中には安くて良い時計や、車もありますし、別に金持ちでもない私がそんな物に手を出すなんて、完全に自信が無い自分の自尊心を満たしていただけだったんでしょうね。

 

 携帯電話もiモードが出れば、すぐに飛びついていましたし、音楽が好きなのでiPodが出ればそれもすぐに飛びついていました。

 

 そこは流行りに乗るというより、便利になるし自慢出来るしという気持ちから購入に至っている気がしますが、時代に乗っているそんな自分が格好良く思っていたんでしょうね、、、。

 

 なので、独身時代はいつもきれいに給料を使い切る生活で、後先なんて全く考えておりませんでした。

 

 今まで結婚を4回している訳ですが、振り返れば結婚回数を重ねる毎に、少しずつ進歩してきたような気がします(もっと早く気づけよと思いますが)、、、。

 

 そんな私が4回目の結婚で初めて子供を授かる訳ですが、色々と気持ちに変化が訪れたのは、子供の存在が最大の要因です。

 

 父はサラリーマン時代は右肩上がりで常に給料が上がっていましたし、私と同じ年の頃は私の約2倍近くの給料をもらっていたと思います。

 

 そんな父でしたから、現役時代は私と弟がいても特に家計に響くこともなく、バリバリお金を使っていたと思います。

 

 私が同じように使っていたら、間違いなく我が家の家計は破滅に向かうと思いますし、更に借金で首が回らなくなっているに違いありません。

 

 息子が生まれる前は、妻とたまには贅沢でもと、高級家具など購入した時期もありますが、ひとりでは生きていく事の出来ない守るべき存在の出現が私の心を大きく変えたのだと思います。

 

 赤ちゃん用品もピンからキリまでありますが、我が家は大抵キリでした(笑)。

 

 あと、リサイクルショップもフル活用でした。

 

 収入に見合う物を揃えるのが基本だと思いますし、無理したところで後々帰って来るのも我が家です。

 

 気づくのがかなり遅かったと思いますが、物を買い揃えても満足するのはその一瞬のみで、結局心は何も満たされません。

 

 我が家の息子と同じ位のお子さんで、ブランド品を身につけた子もよく目にします。

昔の私なら「何を!」と負けん気を出していたに違いないですが、今は全くそんな気がこれっぽっちも起こりません。

 

 何にせよ、やはり我が家の子が一番かわいいと思っていますし、安物を身につけていても、全く安物に見えない贔屓目をきちんと持っているからです!

 

 身の丈に合う生活を過去にきちんと送ってくれば、しなくて良い苦労もあったでしょうが、それはそれで自身の歴史ですし、背伸びして苦労したから気づいたって事もあるかもしれません。

 

 今では私もセール品以外の私服を買うことが無くなりましたが、不満を覚えたこともありません。

 

 「安物買いの銭失い」と言いますが、自身でちゃんと手に取って見て、ちゃんと考えて決めれば失敗することもないと思います。

 

 あと、昔なら目について必要かどうかを良く考えず、とりあえず買っておこうという考えでしたが、最近は少しでも悩んだら買わないというルールも設けました。

 

 さぁまたセール品や特価品でいい品を見つけるぞ!

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

 

ボタンの掛け違いが起こらなかったからこそ

 私の父は祖父が売れない舞台役者だったことから、子どもの時はかなり貧乏な家庭だったそうです。

 

 理由は詳しくは分かりませんが、父方の祖父は英語が堪能だったそうで、主な収入源は進駐軍の通訳で得たお金だったと父から聞きました。

 

 ただ、貧乏であったにも関わらず、祖父の仕事の関係で、当時の日本ではなかなか手に入らなかったチョコレートを食べる事が出来たことが、唯一うれしかったと話していました。

 

 父は長男で、5才下の弟と8才下の妹がおります。

 

 後に、祖父と祖母は離婚してしまうため、長男であった父は家計を支えるために、中学生の頃からアルバイトをし、その稼いだお金をすべて家に入れていたそうです。

 

 高校生の時も、弟と妹の学費を稼がなくてはならなかったので、夜間の高校に入学して、昼間は仕事をして夜学校に通うという学校生活を送っていたそうです。

 

 父は父で、若いながらも長男として生まれたことへの重圧があったに違いありません。

 

 その後競艇選手を目指し、父の実家に近い東京の大森にある養成所に入校します。

 

 父としては貧乏な家庭で育ったことの悔しさをバネに、競艇選手として活躍し、賞金王を目指して頑張っていたのでしょうが、その時弟がまだ中学生で、妹が小学生です。

 

 養成期間を終え、プロ試験にも無事合格し、さぁこれからという時に私の母と出会ってしまいます。

 

 父が高校生の時に働いていた喫茶店があり、父はそこを辞めてからもちょくちょく顔を出していたようで、そこで新しくアルバイトに入ったのが私の母でした。

 

 私はお酒が全く飲めませんが、母はかなりの酒豪で、高齢になった今でも缶ビールの500mlを最低1日6本は飲みます。

 

 若い頃は毎日4リットル以上は飲んでいたようで、昼間母は普通の会社員をしておりましたが、その給料だけだと酒代で消えるので、その酒代を稼ぐために喫茶店で夜アルバイトをしていたそうです。

 

 酒を飲みたいってパワーだけで副業をするなんて、ある意味偉いですけど、複雑な気持ちになりますね、、。

 

 ただ、その出会いがなければ私はこの世に存在していませんし、そう考えれば母のビール好きに感謝ですかね。

 

 そして母と出会った父は、後に思い切った行動を取ることになります。

 

 父が競艇選手時代に母と付き合い出した訳ですが、付き合い出して何年かした頃に、母を父の母(私の祖母ですね)に会わせたことで事態が急変していきます。

 

 祖母は母が九州から出てきた田舎者という事が気に食わず(それもひとつの原因かもしれませんが、一番は女手ひとつで育てた長男を、違う女に取られてしまうという気持ちが大きかったんではないかと思います)、事あるごとに母に嫌味ばかりを言ってきたそうです。

 

 母は次女で、性格は自由奔放です。

 

 そして、そこまで我慢強い性格ではないため、ある日突然祖母の口撃でタガが外れてしまい、会社を辞めて東京の住まいを引き払って実家に戻ってしまいます。

 

 余程耐えられなかったんでしょうね、、。

 

 ただそのままですと私はこの世におりません。

 

 母が実家に戻って数ヶ月後、父が競艇を辞め、ボストンバックひとつで母を追いかけて九州にやって来るのです。

 

 母も父が嫌いになった訳では無かったようですし、そこまでの行動力で母の元にやって来た訳ですから、驚きを隠せなかったとともに、そんな父を母も受け入れない訳にはいかなかったようです。

 

 父は父で、青春時代を弟や妹のために費やしていたのに、好きな人との交際を認めてくれなかった祖母へ反逆の狼煙を上げたんでしょうね。

 

 実際、父から祖母の悪口を聞いたことがありませんし、父はむしろ遠く離れた祖母をとても大事にしていたと思います。

 

 若かった父が祖母を納得させるには、自分が出て行くことでしか解決策を見い出せなかったのかもしれませんね。

 

 それから1年ちょっとして、ようやく私がこの世に無事誕生します。

 

 母が東京から来た父を受け入れてなくても、また父が実家に帰ってしまった母を追いかけなくても、この事は成立しません。

 

 人生ってちょっとしたタイミングひとつで、いかなるようにも変化するんだなと改めて感じました。

 

 私も今の妻と交際中、別れに発展しそうな大喧嘩をしたことが何度かあります。

 

 それこそ、その都度私が追いかけて謝らなければ、今のように結婚に至ってないと思います。

 

 そうなると愛する息子も現在いません。

 

 よく子宝って言いますが、付き合うことに真剣に向きあった二人に対する宝なのでしょうね。

 

 その息子が大人になったらどんな出会いが待っているんでしょうね。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

 

未来を担うのは誰?

 GWが明けたと思えば、いきなり緊急事態宣言

 

 私が住む福岡は、今月12日から月末までが正式決定だそうです、、。

 

 先日、職場の同僚と話している中で、こんなやり取りがありました。

「幼稚園の子どもの行事が相次いで中止になるんですよね。遠足も予定されていたんですが、それもまた中止になりました」と。

 

 幼稚園児と言えば我が家の息子と違い、物心がついているわけですし、親としてはこうも色々な事が中止となれば、何と説明して上げたらいいのか悩むでしょうね、、、。

 

 まぁ物心がついているわけですから、「コロナ」という言葉は理解出来るかと思いますが、何でもかんでもコロナで済ますと、後々トラウマとならなきゃいいですが。

 

 実際、昨年春は私の弟の娘(姪っ子)が小学校に入学だったのですが、正式な入学式は行われず看板前でみんな交互に写真を撮っただけだったそうです。

 

 年を取っても幼い頃の記憶って意外と覚えておりますし、「三つ子の魂百まで」とも言われますが、3才を迎えるまでにその子の性格が形成されると聞きます。

 

 そんな大事な時期を迎える子どもたちの、いい思い出になるイベントが次々と奪われていくなんて、非常に悲しい限りですね。

 

 息子は令和元年生まれですが、翌年の令和2年生まれの子たちは出産する母親以外の家族は誰ひとり面会も出来なかったと聞きました。

 

 ご縁あってこの世に誕生し、本来ならパパや、じいじとばあばも生まれてすぐの姿を心待ちにしていたでしょうに、生まれてからしばらくの間、子どもや孫を見ることすら出来ないなんて、、、。

 

 こんな世の中が恨めしくて仕方ないでしょうね。

 

 ニュースでは「子どもが外に出たがるから」ということを理由に、わざわざ人が混雑しているテーマパークやショッピングモール等に出かけている親御さんもいますが、そこは大人として適切な判断を持ち、一度踏みとどまってきちんと考えて行動してもらいたいというのが私の本音です。

 

 私も以前はショッピングモールによく出かけていました(子どもの遊び場や、おむつを替えるのに便利ですし)が、コロナ禍になってからは一度も行っておりません。

 

 あくまで憶測ですが、親の方が楽しみたい(むしろ逃げ場を作りたい)という気持ちがあるのではないですか?

 

 実際、近所のスーパーに息子と食材などを買いに出かけますが、子どもは「あれ見たい!これ見たい!」って言っているにも関わらず、親は「だめっ!いいかげんにして!」と言っている場面を良く目にします。

 

 確かに子育ては大変ですし、広くてお店がいっぱいあれば子どもが他のことに気を取られるでしょうし、そういうところに出かけた方が楽だという考えが出ても不思議ではないです。

 

 ただ単に家族みんなで出かけているという体で、実は子どもを優先するというよりも、親のストレス発散として行っている気がしてなりません。

 

 先日、一度初心に帰りませんかというお話をさせていただきましたが、親の行動を見て子は育ちます。

親がそうしていたら、子どももそうしてもいいんだと認識してしまいます。

 

 公園などでも駐車場にゴミを捨てて帰る家族がいますが、子どもはその親の行動を必ず見ています。

それを見た子どもは「ゴミは外ならどこに捨ててもいいんだ」と間違いなく認識します。

 

 これもまた以前お話した「子は親を映す鏡」ってやつですね。

 

 少し話が逸れてしまいましたが、こういう行動の積み重ねが再び負の連鎖を生んでしまい、今しかないというタイミングの子どもたちや学生さんの思い出をどんどん奪っていっているような気がしてなりません。

 

 同僚の子も、同僚の話では遠足を楽しみに待っていたそうです。

その楽しみだった遠足に行けないと分かった時、その子はどんな思いなのでしょうか。

 

 考えるだけでも不憫でなりません。

 

 先にお話した通り、子どもの頃の体験や記憶は大人になるまで引きずります。

それはどんなに大人になって大成功を収めた人でも、子どもの頃の嫌な思い出は忘れられないとよく耳にします。

 

 私は共働きだった父と母の影響もあり、7才になるまで兄弟も出来なかったので、暗く孤独だった記憶しか残っておらず、それが原因で根暗となり、さらには世の中を斜に構えて見るような子になりました。

 

 その斜に構えた姿勢が、中学校1年生の時の十二指腸潰瘍につながっています。

 

 親が一緒に楽しんであげれば、小さな公園でも十分に子どもは楽しみますし、満足すると思います。

親が義務のようなつもりで子どもを連れ出せば、絶対子どもはそのことに気づきますし、双方何のメリットもない外出となると思います。

 

 ただここでひとつ言えるのは、これからの未来を担っているのは私たちではなく、今の子どもたちです。

 

 もちろん、全てを子ども優先にしろとまでは言いませんが、このまま大人の都合で負の連鎖を続けていけば、将来大人になった時の今の子どもたちの行く末が心配になります。

 

 なぜかみんな、子どもから学生を経て大人になっているのに、大人となった途端に子どもや学生に対して厳しくなっている気がします。

 

 自己都合ですね。

 

 「若者が悪い、若者が悪い」と街に繰り出して路上で飲んでいることに対して厳しい意見も多いですが、ではあなたたちが若い時や学生時代は模範生として過ごしていましたか?と訊いてみたいです。

 

 若さってそんなもんですよ。

意味もなく抗うんです。

人はダメで自分は良いなんてエゴ以外の何ものでもありません。

 

 その無茶を経てみんな大人になっていくのですから。

 

 確かに先行き見えない状況で、大半の大人たちも心配でイラついているかと思いますが、ここは大人が模範となり示していかない限り収束には近づきませんし、終息は夢のまた夢です。

 

 未来を担う子供や若者たちの貴重な思い出のためにも、ここは大人が踏ん張る時だと私は思います。

 

 政治家の悪口は誰だって言えます。

彼らは悪口を食い物にするのが商売だと私は思います。

 

 選挙が近づかない限り、恐いものは何もない強心臓の持ち主の集団です。

 

 だから言えば言うだけ彼らも抗うんです。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

ストレスで、、

 連日コロナのことばかりを考えていたせいか、一時期は歯ぎしりを寝ている時にしていなかったのに、ここ最近また再開していると妻から報告を受けました。

 

 これは完全にストレスですね、、、。

 

 夜、棒状のアイスを息子に食べさせようと思い、棒のまま渡して喉を傷つけたらまずいため、私が前歯で砕いてあげていたのですが、その時に「ガリッ」と明らかにアイスの音ではない鈍い音がしました。

 

 「え?」っと思った私がおもむろに前歯を触ると完全にグラグラしていました。

 

 前歯の2本の内の1本は差し歯なのですが、どうやらその差し歯が取れかかったのかと思い、自身では為す術もないため、その夜はそのままやり過ごしましたが、朝起きてももちろん状況は変わることなく、やはり前歯がグラグラしています。

 

 このまま仕事中に外れてしまっても困るため歯医者に電話をし、出勤前に見てもらったのですが、どうやら差し歯の根本が完全に折れているようでした。

 

 だいぶ前のことですが、前歯ということもあり奮発してセラミックの歯を入れました。

 

 ただ、まさかこのコロナ禍の中、昇給も無く夏のボーナスも全く見込めない時期に折れるとは、、、。

 

 残念です。

 

  今回は潔く保険適用の歯で決定です。

 

 今日は仕事だったこともあり、接着剤のような物で応急処置としていったん固めてもらい、次回以降本格的な治療をしてもらう予定にしました。

 

 しかし、前歯。

 

 食べるきっかけって前歯ありきなので、前歯がきちんと機能しないのは辛いです。

 

 無くなって初めて気づくことってありますよね。

 

 たとえば指の怪我だとか。

普段何気なく使っていたんだなというのが、負傷して初めて分かります。

 

 

 普段から歯磨きには気をつけているつもりですが、時間が無い時はササッと磨いていたことは否めません。

 

 本当に歯って生活を送る上で大事だなと改めて思いました。

 

 前々からメンテナンスに行こう行こうと思ってはいたものの、ここ10年で10回以上引っ越しておりますし、一度歯医者に行くとしばらく通わないといけなくなるため、気持ち的に敬遠しておりました。

 

 今回の住まいは長く住む予定ですし、就職先もようやく落ち着いたんだから、今後自分の歯を大切にする意味でも「きちんと歯医者に行きなさい」というお告げだったのかもしれませんね。

 

 息子の乳歯は、乳歯でこれから生え変わるはずにも関わらず、きちんと歯磨き入念に練習させているのに自身は、、、。

 

 実際先生にも「いつも力を入れて短時間で磨いているでしょ?」と訊かれましたし、プロが見ればあっという間にバレるんだなと思いました。

 

 その力で歯茎が痛んでいるようで、「今後は時間をかけて優しくブラッシングして下さいね」と言われました。

 

 確かに入れ歯なんかになれば美味しいものも美味しく食べられないでしょうし、これを機にきちんと守っていきたいと本気で思いました。

 

 自身が老人になって、自分の歯が残っているのといないのでは、かなり生活に違いがありそうですしね。

 

 ただ、元を正せばストレスが原因。

 

 先日の夜、「寝耳に水」のニュースが入ってきました。

 

 それは福岡県の緊急事態宣言です。

 

 まん延防止等重点措置は出るとは聞いておりましたが、まさかの飛び越え!?

 

 またまた営業に影響が出るのは明白です、、、。

 

 確かにまん延し始めている中、防止では意味がないですが。

 

 でも今の緊急事態宣言ではあまり意味が、、、。

 

 だめ。だめ。

こんなことばかり考えるからまたストレスになるんですよね。

 

 しかし、宣言出されると会社のイメージや、コンプライアンス的にも普段通りには動けないのが事実です。。

 

 この会社に入社した時は気が張っていたのか、毎晩歯ぎしりしていたそうですが、ここ最近は無かったそうです。

 

 昨日もお話ししましたが、出口の見えないトンネルを1年以上も歩き続けると、心の奥底では自ずとストレスを感じているんですね。

 

 感じないようにしたくても、緊急事態宣言が、、、。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!

 

GW明けから怪しい雰囲気

 GWも過ぎてしまえばあっという間に終わりました。

 

 蓋を開ければ、それぞれが思い思いに移動して楽しんだような報道もありましたが、我が家は毎日近所の公園のローテーションで結局終わりました。

 

 それはそれで息子も喜び楽しかったですが。

 

 どこかに行きたいと旅行する方を批判するつもりもないですし、これだけ自粛自粛となると精神衛生上良くないと思われる方もいるとは思いますから、それぞれが考えて行動した結果だと思っています。

 

 私としては、「来年こそは!」と思いたいですね、、、。

 

 

 さぁ気を引き締め直して仕事!と思った矢先、旅行会社の担当者は開店休業状態です。

 

 輪番制で休業を回しているようで、いかにこの業界が瀕死の状態かという表れだと思います。

 

 以前もお話ししましたが、私は現段階でのGoToトラベルは反対です。

コロナ禍の中、リスクを取りながらの旅行ですと心底楽しめないからです。

 

 しかし、このままの状態ですと私の会社も休業を回すことにもなりそうで、かなりドキドキしております。

 

 私は仕事が営業なので、団体や小団体の案件を受注するのが目的の仕事です。

ただ、こうも取り巻く環境が沈んでいる状態では非常に厳しいものがあります。

 

 今後に少しでも期待を持ちたい気持ちもありますが、こうもコロナ対策が後手後手になっていると、このまま永遠にこの状況が続いてしまうのではないかと考えてしまいます。

 

 昨年のように初心に帰って、一斉に自粛するしか手立てもなさそうですが、またその後に結局は緩やかな曲線を描いて戻ってしまうというシミュレーションも出ておりますし、本当に正解が見えないですね。

 

 ワクチンもまだまだのようですし、インド株なるものも現れました。

 

 これでは完全な「いたちごっこ」ですよね、、、。

 

 少し先に旅行会社との商談会なるものがあったのですが、それも本日正式に中止となりました。

 

 経済が疲弊するのを国民の大半は嫌って、こんな状況下の中でも会社勤めを行っているのに、明るい話題がこれっぽちもないのは非常に辛いです。

 

 ただ、この第4波は子どもにも影響があるなんて話も出ておりますし、子を持つ親としては心配な気持ちと、家庭を支えなきゃという気持ちの間でとても複雑に揺れ動きますよね。

 

 出口が見えないトンネルを歩き続けているのと同じで、本当に出られるのかという不安がつきまとっているのと同じですよね。

 

 こうしている間も、ホテルは色んなことに耐えながらの運営を続けております。

 

 今は現場から離れてしまいましたが、最前線でお客様相手をしているスタッフも不安で不安で仕方がないと思います。

 

 これだけ世間がマスクをしていても、GW期間中にマスク着用を守らないお客様がいるというのを聞き、同じ大人として残念で仕方ありません。

 

 もちろんサービス業の根底はお客様をもてなすことですが、海外などのホテルではホテルスタッフとお客様とは対等だという考えが根強いのも事実です。

 

 日本だとサービス業従事者は、まだまだ下に見られることが多いので残念ですが、、、。

 

 そういうマナーを守れない方に限って、スタッフに対して高圧的な態度を取ることも多いですが、そんなことでしか自分の虚勢を張れないなんて寂しいものがあります。

 

 そういう方がひとりいるだけで、他のきちんとされたお客様にも不快な思いをさせてしまいますし、受付するスタッフももしかするとと感じてしまい、接客中も気が気ではないと思います。

 

 マスクの効果云々は別として、そこは最低限守って欲しいと願います。

 

 あと、お客様でもアルコール消毒をしてくれない方も散見されるようで、現場は本来の業務以外にもそういうことで気を使い過ぎで、かなり心労が溜まっているようです。

 

 確かに以前は男性トイレでも用を足した後に、手洗い場に行列が出来ていましたが、今やすっかり元に戻った気がしてなりません。

 

 慣れって怖いですね。

 

 みなさん今一度初心に帰りませんか?

 

 いつまで続くか分からないこの状況。

 

 「明けない夜は無い」を信じて乗り切るしかなさそうです。

 

 本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!