ある男の幸せ追及と子育て日記

元役者で転職15回、結婚4回、50歳を過ぎて初子育てと、何かと波乱万丈な人生を歩んでいます。子育てや所感を中心に人生の幸せを追求していきます!

子どもだからといって

ハロウィーン仕様の電車にご満悦(私の時代はハロウィーンなんてなかったですが)

10月に入りました。

今年も残り1/4です。

毎年毎年早い気がしていますが、年齢のせいなんでしょうかね。

 

9月は連休が多く、私は相変わらず愛息子とお出かけする休日を過ごしていました。

天候に恵まれなかったので、お出かけするにも「どうしようかな?」の連続だったのですが、雨だと結局ショッピングセンターやホームセンターといった定番スポットになります。

息子が沢山の商品が置いてあるショッピングセンターが大好きで、お店の中をブラブラ徘徊しながら気になった物があればそれを手に取り、見てからまた戻しての繰り返しです。

 

ショッピングセンターは老若男女問わず多くの人が集う場所です。

私は息子に付き合いながら世間様の様子を傍観してお店を歩き回ります。

 

すると中には自分の子どもに対して怒りをあらわにして、公衆の面前にも関わらずに怒号を放つ親御さんもちょくちょく目にします。

 

正直他人のお子さんですが、見ていて気持ちのいいものではありません。

 

もちろん怒るには怒る理由があっての事かと思いますが、もう少し冷静に叱る行為をして欲しいなと私は感じます。

子育てというものは確かに神経を使いますし、精神的にも体力的にもかなりの労力が必要です。

公衆の面前でわめくくらい、我を忘れて溜まっていたフラストレーションを一気に吐き出しているのかもしれません。

 

もちろん私はその方のバックグラウンドを知らないですし、その方なりの教育方針と言えばそれまでなのですが、あからさまに怒りをあらわにする親御さんに対して私は違和感を覚えます。

 

それはなぜかと考えた時、そこに子どもの人格はなく、あくまで自身の所有物のような感覚に陥るからです。

ペットなら躾はお互いの信頼関係で成り立ちます。

ただ、子どもの躾はあくまでお互いの信頼関係にプラスして、どうしてその行為(行動)に出たのかを、きちんと確認して上げるべきではないのかなと私は感じています。

 

専門家でもない私が何を偉そうなと突っ込まれるかもしれませんが、実際我が家でも似たような事例が起こりました。

 

妻と息子はしょっちゅう喧嘩するのですが、私は「似たもの同士だからかなぁ」程度に初めは思っていました。

私は今まで3歳の息子と喧嘩になったことはなく、最初は妻と私の違いに気づきませんでした。

 

ある日妻が「今日も喧嘩したー」と私に言ってきました。

理由は息子にズボンをはかそうとしたら息子が「イーヤッ!」と言ったことで始まったそうです。

その時妻は「はかないならもういい!」と息子を怒ったそうです。

息子はその妻の言動に腹を立て、地団駄を踏みながら「イヤ!イヤ!イーヤッ!」と言い返したそうです。

妻は「もう知らない!」と言うと、息子は怒りが収まらず物に当たっていたようです。

 

そして別な日また妻が言ってきます。

「この前〇〇(私)を見ていて思ったんだけど、私の言い方が〇〇(息子)を怒らせているのかも」と言ってきました。

私は「え?何か俺の言い方違っていた?」と聞くと。

「〇〇(息子)が嫌がる時に〇〇(私)はいやなのー?どうしてなのー?じゃ〇〇(息子)はどうしたいのー?今ははきたくないのー?と冗談交じりできちんと聞いてあげているでしょ」と言ってきます。

 

私は特に意識もせず、息子の見解を知りたくて問いかけていただけなのですが、そのワンクッションが息子の自尊心を満足させているようです。

だから息子は私の言うことには素直に耳を傾けるのだと。

 

私の幼い頃の場合、父親が絶対的存在でした。

私にいつも選択肢は無く、父が言う通りにしないといけない生活が親元を離れるまで続きました。

そんな思いもあってか、私は自然と息子に対して息子の気持ちを尊重する聞き方をしていたのかもしれません。

一人前ではなくとも子どもも人間ですし、それなりに自我が出てきて人格もあります。

 

子どもは親の所有物でもないですし、その成長度合いに合わせた子どもとのコミュニケーションが後々良い信頼関係を構築出来ると私は思っています。

子どもからしたら「親は自分を愛してくれていて当たり前」という揺るぎない自信の中で生活しています。

その自信があるから思いっきり行動出来るんです。

 

そして以前もお話しましたが、子どもは親の波動を敏感に察知します。

 

tyusen-yo.hatenablog.com

 

自分が不機嫌でいればその相乗効果で子どもも荒れてきます。

だから荒れれば荒れるだけ収束は見えてきません。

精神的に疲れていると、難しいのは難しいですが、そこは「大人の対応」が必要なポイントだと感じます。

 

頭ごなしに全てを否定してしまえば、せっかく色々と成長しかけた芽をつぶしてしまうような気がしてなりません。

実際私がそうでした。

いつも頭ごなしに否定され、どんどん萎縮した子どもとなり成長していきました。

結果、小学校時代の記憶がほとんどないほどに(生きるために自分自身で消してしまったんだと思います)。

 

私自身も若い頃は正直父親を憎みましたが、父親になった今ではその憎しみも消えたとまではいきませんが、だいぶ和らいできました。

当時25歳で私が生まれた父。

若い頃って体力はありますが、なかなか自身を俯瞰で見られないんですよね。

もちろん人によっては若くてもしっかりされた方もおりますが、私も父の血を受け継いでいるのならば、その年齢で子を授かっていたら同じ轍を踏んでいたかもしれません。

 

若い人に比べたら私は体力的には圧倒的に負けるかと思いますが、52年間生きてきて色々と「生きる術」を学んできた歴史があります。

その心の余裕が息子に対し包容力となっているのだと自負しております。

 

どうしても親の都合優先で子育てをしがちですが、子どもは子どもで自分の意思があり自身の思うように事を進めていきたいところがあります。

基本的に私は争いごとを好まないため、公園に行った時に別の家族が遊具を使用していた際は、あえてそこに行かないよう息子に仕向けていました。

でも息子は「おともだち」がやっているからやりたくなるし、そのコミュニティにあえて参加したいのです。

 

以前は何かとごまかし避けていましたが、最近では息子が行きたいなら行かすようにしています。

そうすると息子の満足度は急上昇しますし、社会活動を目の当たりにして息子なりに色々学んでいくのだと思います。

 

「人見知り」の親に対し、「積極性」のある息子。

大袈裟かもしれませんが、息子から私に対する「人っていいものだよ!」というメッセージのような気がします。

実際、混じってみると良いパパさんママさんに会う機会も多いです。

ただ、明らかに私より若いパパさんママさんなので恥ずかしいのは恥ずかしいですが。

 

今はまだ会話が全て成立しない息子ですが、これからどんどん成長して会話のキャッチボールが出来るようになる日を楽しみに過ごしております。

 

親が子を養い、その子の人格形成の手助けをしていくのは当たり前。

それを何か商売のように対価を求めているから関係性がおかしくなるのではないでしょうか。

「大人になんかなりたくない」という表現が世の中に多いですが、全てそこを作る原因も「大人」なんです。

 

よくドラマや映画で大金持ちの子が幼い頃に、子育てを外注されて育ち、大人になってから性格が歪んでしまっていた話が多いですが、やはり親の愛情が希薄だと、その子の人格形成に影響を及ぼすのはあながち間違いでも無いような気がします。

 

子どもの頃いつも機嫌が悪い父親を見て「サラリーマンには絶対なりたくない!」と思ったのが役者を志すきっかけのひとつでした。

子どもながらに「サラリーマンっていやなおしごとなんだ」と、父を見て感じていたんだと思います。

自営業者の方でも「子どもが跡を継いでくれない」と嘆く方も、それはそれで親の背中の見せ方次第だと思います。

 

要はお子さんの視点からすると「魅力的な親」に映らなかったのでしょう。

もし魅力的に映っていたのであれば、規模が小さかろうが大きかろうが、売上があろうが無かろうが関係なしに「自分も親のように商売人になりたい!」と思ったはずなんです。

 

子どもの自我が出始めるのも「ひとりの人間」への第一歩です。

そこで格好いいパパ、素敵なママと感じさせるのも我々の行動次第だと思います。

 

やりたくもない習い事を強制させたり、無理やり勉強させて進学校への進学を強制させたり。

そこにその子の人権はなく、親の自己満足です。

もちろん好きでやっているのならば別ですが。

 

親に強制され「こうすればママが笑ってくれる」「こうすれば大人が喜んでくれる」

そんな子ども時代を過ごすと、いつも周囲の目ばかりを気にした大人にしかなれません。

そこに「自分自身」がいつもいない人間です。

それについても実際私がそうでした。

だから私は息子には「息子の息子としての在り方」を確立して欲しいと願っています。

 

まず自分が幸せではないと周りも幸せになんて出来ません。

自己愛こそが幸せの第一歩ですし、そこを上手に形成させるのが親の役目だと感じています。

他人軸の幸せばかりを気にしていたら、自分自身に幸せは巡ってこないということを年を重ねてからようやく気づいた私。

そのくらい「自己肯定感」は大事です。

 

きちんとその子のビジョンなり考え方を汲んであげなければ、それはただの主従関係で、健全な親子関係では無いと私は思っています。

 

息子が大人への階段を進む時に、私は黒子のようにさりげなくアシストしていきたいです。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!