子どもは自己肯定感の身近なお手本
※私が生まれた年に製造された車両と記念撮影
まだまだ昼間は暑いですね。
ただ、昼間はセミの声、夜以降はスズムシの声に分かれだしましたし、徐々に秋が近づいているのは間違いないですね。
さて今回の話に入ります。
私は本屋が好きで、暇が出来れば良く行くのですが、最近「自己肯定感」にまつわる書籍が多いなという印象を受けました。
そういった書籍を目にした時に「自身はどうかな?」と改めて考えたのですが、あまり高くはない(笑)
正確に言えば以前はかなり低かったが、徐々に変わってきたというのが正解ですが。
なんだかんだで周囲の人たちのことがいつも気になりますし、なんせ躾に異常に厳しかった父の元で育った私。
また、県立で一番の高校に進学した弟と、県立でも真ん中の高校に進学した私とを、生まれ育った近所の方に常に比較されていた過去も持ち合わせています。
ただ、自己肯定感が低い人に見られる承認欲求が強めかというと、実はそこはそうでもなく「どうせ俺なんかを誰も相手にしてくれない」という気持ちが強かったので気にしたことはなかったです。(それはそれでその考えもダメですが)。
人見知りでしたし、人と群れを作るのも苦手でしたから、そうなると承認欲求って出てこないんですよね。
結果、自己肯定感低めな人間をつくる環境には素晴らしく適した環境で育ちました。
その証として
◎役者として生きる夢の挫折。
◎キャリアアップじゃない転職ばかりを繰り返し、いつも振り出しに戻る会社員生活。
◎結婚離婚を繰り返した過去。
そりゃそうなりますね。
そうした私ですから「誰もが私より輝いて見える」「誰もがまっすぐな道を進んでいるように見える」「誰もが自分より自信に満ち溢れて生きている」のように思って生きていた時期もありました。
ただそれも40代位までで、50代に差し掛かろうとした時には逆に「諦めの境地」に入ります。
その境地に入ってからというものは、むしろ好転しだし、転職も50歳手前なのに仕事がまったく途切れることもなく入社が決まり、入社後4ヶ月後に妻の妊娠が発覚、そしてその翌年に無事息子が私たちの元にやってきました。
「諦めると手に入る」
不思議な感じですが、諦めてからは逆に穏やかな波に乗り、その波の上に色々な幸せが乗ってきた気がします。
私が結婚4回目で初めて子の親になれたのも、今の妻との関係性が順調に育まれていった結果だと思っております。
そして、息子が誕生した翌年には妻の故郷である福岡へ異動が決まり、異動がコロナ禍の中での事だったので休業に一旦追い込まれますが、そこも給与がきちんと補償されておりましたし、なんせじっくりと息子の子育てと成長過程をばっちり見ることが出来ました。
つかまり立ちから初めて二足歩行する瞬間も見ることが出来ましたし、話せなかった息子が初めて「パパ」って言ってくれた瞬間は心の奥から感動を覚えました。
コロナ禍の中で私が着任するはずだった新規オープンのホテル工事の目処が立たず、結果店舗の支配人から現在のセールス課へ異動することになりましたが、そこも非常に私にとっては良い流れでした。
休みも本社に準ずる土日祝日休みが普通に取れるようになり、息子とじっくり遊べる充実した時間を確保出来ました。
店舗にいるとイレギュラー対応もしなければなりませんし、世間様がお休みの時は稼ぎ時なので休みも取れません。
店舗は24時間営業と同じですから、責任者であれば朝方だろうが夜中だろうが緊急時は対応しないといけません。
それを考えると、今は企業や旅行会社が営業している時間さえ私も勤務していれば問題ないですし、数字は追わないといけない仕事ではありますが、気持ちにかなり余裕が生まれます。
息子が私たちのところへ来てくれる時より少し前に諦めた私。
その生まれた息子が私たち夫婦に多くの幸せを持ってきてくれました。
生まれる前は「こうして二人でどこかへ行くって今後しばらくないね」と妻と話をしており、少し寂しい気持ちにもなりましたが、今は息子のいない生活は考えられません。
そして何より息子から多くの「自己肯定感」を教わっています。
息子は好きなことにひたすらのめり込みますし、劣等感など微塵も抱きません。
常に新しいものに興味を示し、何でも自分でやりたがりますし、失敗などを恐れて行動しません。
そこは「自分なら必ず出来る!」という気持ちが強く働いているんだと思います。
さらに息子が歩けるようになり、言葉を少しずつ話し出してからはなおさらその傾向が強く出てくるようになりました。
「自身の可能性」を全く疑わず突き進む。
そんな雰囲気に、本来大人で子どもに教える立場の私が、逆に行動面では息子の方が先生のような感じがします。
そんな私を勇気づけてくれる息子ですから、一緒に行動するのが楽しくてしょうがありません。
私の休日は、平日に子育てを頑張ってくれている妻のために息子を連れ出すという理由もあるにはありますが、私自身が息子と過ごしたいという気持ちが大きいから二人で出かけている気がします。
息子と一緒に出掛けたり遊んだりしていると、以前の私が恥ずかしく思えてきます。
「自分はなんて腐っていたんだろう」「自分は何で人とばかり比較していたんだろう」
「自分はなんで他人をうらやんでいたんだろう」等
ちっぽけな気持ちを抱いていた自身が浄化されていくような気持ちになります。
そういった気持ちをすべて取り払ってくれる息子。
息子の姿はいつでも
◎いつも自信に満ち溢れ自分のことが大好き。
◎私と妻にいつも愛されているというゆるぎない自信。
◎自分は必ず出来るという簡単に諦めない姿勢。
これが息子の積極的な行動の原動力となっています。
なので私は自己肯定感の本を読まずとも、息子という自己肯定感のお手本がそれを教えてくれます。
確かに息子が生まれた当初はプレッシャーもあり、妻とケンカをすることもありました。
でも急速に成長する息子を間近で見てきて、夫婦でケンカする暇があればしっかりと協力して子育てに向き合わないといけないと二人で考え直しました。
息子のひたむきな姿に私自身の些細な悩みは払拭され、「何事も前向きに捉える」という考えに変わっていきました。
そうなるとあとは好転のみ。
そりゃ現実を見れば、私がいるこの宿泊業という業種には未だに明るい兆しは見えておりません。
ただ、そこをあれこれ悩んだからと言って何かが劇的に変わるわけでもないのであれば、少しでも前向きに明るく考えたほうが断然良いという気持ちに息子と過ごしていて変わってきました。
今年の夏もボーナスと呼べるほどの金額は出ませんでしたが、あえて県内のホテルに泊まり旅行気分を味わって、息子が好きな昆虫博や鉄道記念館に連れて行ってあげました。
息子は未体験のものばかりですから大興奮かつ大喜びでした。
そんな息子の姿を見ていて私も妻も幸せな気持ちになりました。
今いる環境で出来ることを楽しむ!
以前の私ならば「たんまりボーナスをもらってそのお金で思い立ったところに行ける一部上場企業の人や公務員が羨ましいー」「それに比べて俺なんて」のような腐った考えが先行していたかと思います。
人は人。
自分は自分。
そんな当たり前な気持ちを思い直させてくれたのも息子です。
いつも元気で前向きな姿を見せてくれてありがとう。
また一緒に遊ぼうね!
最後までご覧いただきありがとうございました!