人目が気になるから招く不幸
ちゃんとしよう。
ちゃんとしよう。
そういつも思っているからうまくいかない気が。
◆例えば駅での話。
駅のコンコースを歩いていると、自分の前方からこちらに来る人や、同方向を目指して歩いている人の動きが気になります。
その時の私の頭の中はその人とすれ違いや、同方向の人の速度が遅い場合は、その人を抜かしていくシミュレーションを始めています。
そんな風にシミュレーションをしているのに、全く上手くいきません。
それはなぜか?
相手は全く何も考えていないからです。
相手は好きなように歩きます。
私はその人にすれ違いざまや抜く時にぶつからないように考えて歩いています。
相手が私のような人であれば、お互いの間の取り方を双方考えているわけですから、何も無かったかのようにすれ違えます。
しかし先に述べた人の場合は必ず私がその人を避ける形ですれ違います。
相手は何も考えていないですし、前方に私がいようが私が避けてくれるもしくは眼中に無いのどちらかだと思います。
考えるだけ損だと分かっていても、性分ですから何も考えずに追い越したり、すれ違ったり出来ないのです。
その何も考えずに歩ける方たちを私はうらやましく思います。
特に最近の集団は横並びで歩きます。
私の学生時代は前方から来る人に迷惑をかけないよう指導されていた事もあり、特に狭い道路では1列に並んで歩いていました。
もちろん常にというわけでは無いですが、前方から人が来る時には必ず道を空けて歩いていました。
ところがどうでしょう。
最近は大人であろうが、学生であろうが、数に物を言わせるかのようにそのままの態勢で迫ってきます。
3人なら3人の幅のまま、4人なら4人の幅のまま。
今までで一番多かったのが8人の並列歩きでした(笑)
まるで資生堂のTSUBAKIのCM(古いですが)のような感じで歩いてくるので、私はひとりでそういう並列歩きの集団を「TSUBAKI歩き」と命名しています。
つい最近も4人並んで歩いてくる集団に遭遇しました。
その完全に道を塞いで歩いてくる高校生の女の子とすれ違う時、よけているはずの私に対し、一番端にいた子に軽く舌打ちされました(泣)
自分たちが良ければそれでいい。
私らは仲良し4人組だから並列で歩く。
それはそれで構いませんが、もう少し相手の事を考えてくれたらいいと思うのは古い人間なんでしょうか。
コンコースの話に戻しますが、歩いている人たちの歩きスマホ率の高いこと高いこと。
私の体感で言えば約7割はスマホを見ながら歩いています。
「駅での歩きスマホは危険ですからお止め下さい」の博多駅のアナウンスが私には虚しく響いてきます。
スマホに夢中なわけですから、アナウンスなんかに耳がいくわけないですしね。
あと駅の通路の真ん中で急に立ち止まってスマホで話し出す人。
後ろからの人の流れが気にならないんでしょうか???
追い越しの話に戻します。
追い越しする際にいつも思うのですが、みなさん自分の欲望の赴くままに歩いているとしか思えません。
特に通路の右に左にお店があれば、右から追い越そうとしたらなぜか急に方向転換をして私の前を塞ぎます。
私も私で「またどうせ塞がれるのかなぁ」と思いながら歩いていることで、それを呼び寄せている可能性も無きにしも非ずですが、見事に私が行こうとした方向を塞いできます(笑)
歩行者ですから大事故には至らないとは思いますが、周囲を気にしない人が増えたなぁと思う今日この頃です。
◆例えばスーパーでの話。
スーパーで私が欲しい商品の棚の前に限って、奥様方がカートで通路を塞ぎ雑談しています(笑)
私が来ているのに気づいているはずなのに、全くその奥様方はどいてくれる気配すらありません。
その行為をなぜ出来るのか私には理解が出来ません。
その奥様の敷地だったら分かりますが、みんなのスーパーなのです(泣)
「すみません、すみません」と言うと、ようやくどいてくれるのですが、中にはそう言ってもどいてくれない人たちもいます。
何で?どうして?
私には不思議でなりません。
会話を止めるのも出来ないくらいそんなに大事な会話なんでしょうか。
話し込むのはいいですが、せめて人通りが少ないもしくはいない所でやって欲しいなと感じます。
レジでもそうです。
私は自分の後ろに並んでいる人に迷惑をかけちゃいけないと思い、事前に財布と小銭入れを手に準備してから会計に臨みますが、大抵の方はお会計額が決まってから鞄から財布を取り出します。
そういう方に限って、私は端数地獄に招待されます。
鞄から財布を出したかと思いきや小銭入れは別にあり、まさかのまだ鞄の中。
そして小銭入れが中々出て来ない(泣)
やっと出てきたかと思いきや、端数をきちんと聞いておらず「いくら?いくら?」と店員さんへの攻撃が始まります。
改めて店員さんが伝え直してやっと理解したとしても、小銭入れに無造作に入っている小銭が絡まり中々出て来ない。
そして挙句の果ては、、、
「あー無いわ。それで!」と先に出していたトレーのお札のみ。
関西人でも無い私も思わず「無いんかい!」と頭で突っ込み。
あー。
何で。
どうして。
そこまでマイペースを保てる人のメンタルの強さをうらやましいと思いつつも、そういう人間にはなれない私です。
私の場合はすぐに出せるように、小銭入れの中のポケットに事前にグループ分けをしており500円100円50円、10円、5円と1円の3グループ分けにしています。
そんな現在の私も若い頃は人のことなんか考えていませんでした。
すれ違いでも絶対よけなかったですし、何で俺が歩いている道を開けなきゃいけないんだくらいに思っていました(それはそれで極端ですが)。
こんな180度違う考えに変わったのもすべて接客業に携わりだしてからかと思います。
以前お話したサービス業の師匠でも触れましたが、当時のスーパバイザーから「お前は何もしてなくても偉そうだから、普通の人以上に物腰を柔らかくした方がいいよ」という台詞です。
私は今までの人生の中で先輩という立場の方たちに可愛がられた事が無かったのですが、その方は公私ともに非常に目をかけて可愛がってくれた人でしたし、正直認められた自分がうれしくて変われたのだと思います。
ただ昔は接客業以外の職種に就いた途端に、その魔法が切れてしまい、元の自分に戻ることもありました。
ある不動産会社の社員に30歳くらいの時に就いたのですが、入社して早々にその社長から、ただ椅子に座っている私に対し(足とかも組んでいません)「お前は何か偉そうなんだよな」といきなり言われてしまいました。
自分では普通にしていたつもりなのに腹が立つよりもショックの方が大きかったです。
そんな経験をした私は、その後完全にいつもいつも人目を気にして生きていくという人間になってしまったのです。
もちろんそのおかげでホテルでは支配人職に就く事が出来ましたし、その経験があったことで現在に至っています。
でも疲れるんです。
別にいい人を演じ続けているわけでもないのですが、元来頼み事には快く応じる性格です。
ただその暮らしを続けたことで、結構街の中でも知らない人に道を聞かれたり、ホームセンターでは知らない人に商品の場所を聞かれたりします。
道を開けてくれないのは自身が放つ「サービス業オーラ」が原因なのかもしれません。
あとは息子が生まれてからは特に表情が柔らかくなったのもひとつの要因かもしれません。
自分で言うのもなんですが、昔は初対面の人に「見た目が恐い」とやたら言われましたが、最近は「優しそうなおじさん」というイメージらしいです。
時の流れは人を変えていくんですねぇ。
何か話が逸れてしまいました。
私が今回お伝えしたかったのこと
みんながみんなマイペースであれば世の中はおかしくなりますから、誰かがそこを受け止めていかなきゃきれいに回らないですよね。
人にどう見られているかは気にすることはないんでしょうね。
それより自分が恥ずかしくない生き方をしているかの方が重要だなと思った私でした。
最後までご覧いただきありがとうございました!