ある専門店でのアルバイトの話 ~最終話~
さて前回の続きです。
この専門店で1階と2階の業務を経験した私ですが、いよいよアルバイトに応募した動機の本丸であったビデオレンタルの仕事に変わります。
各フロアが完全に独立した入口なので、3階のレンタルコーナーを入社して1ヶ月以上経ってから初めて見ることとなりました。
思っていた以上に広い空間で、普通のビデオレンタル店よりもゆっくり選べる感じです。
ただ、各棚には見たことないくらい大量のアダルトビデオが並んでおり、メーカ名やジャンル等を記す札で分けられています。
その光景は圧巻以外の何物でもない雰囲気です。
平日というのにお客様が常に来店し、店内は1階や2階と違って非常に活気づいています。
そして意外とスーツ姿の方が多いのにもびっくりしました。
まず私は返ってきたビデオを棚へ戻す作業から始めるのですが、これが単純なようでなかなか場所が分かりません。
唯一の手掛かりは、ビデオに貼られたバーコードに印字されたジャンルを頼りに探しますが、思った以上にジャンルも幅広くなかなか終わりません。
そんな私に対しても先輩スタッフは優しくしてくれて、「結構色々あるでしょ?焦らなくていいし、ヒマな時は棚を見て回って覚えていいからね」と言ってくれます。
そういったフォローのおかげもあってか、2週間ほどの勤務であまり迷わずにビデオを棚に戻せるようになりました。
そしていよいよレンタルカウンターの仕事を始める事になります。
まず驚いたのが金額です。
新作で1本800円、旧作でも500円するのです。
当時は今みたいに100円で借りることなんて出来ない時代でしたが、それでも200円から300円が相場だったと思います。
そんななか専門店の強みを活かしてか、かなり強気の金額設定だと感じました。
ただその金額でも次々にレンタルされていきます。
私も男なので興味が無いと言えば嘘になりますが、さすがにこの金額は出せないなというのが正直な感想でした。
そして、専門店という事で1日の内に必ず言われる台詞があります。
それは「裏ビデオ」のことです!
そういった方はまず私にそーっと近づき、耳元で囁きます。
お客様「お兄さんあるんでしょ?」
私「何がですか?」
お客様「またまた分かってるくせに」
私「申し訳ないですが、分かりません」
お客様「えーー。みなまで言わせるの俺に。裏だよ、うーらっ」
私「いえいえございません。そういった物をレンタルすると営業停止になりますし、当店には置いてございません」
すると人が変わったように、、、
お客様「何だよ、お前。気が利かねぇなぁ。じゃあいいよ!つまんねぇ奴」と何故か私がつまらない人間扱いされます、、、・
この手のやり取りが必ず1日1回はありました。
そういう事を言ってこられるお客様がいるのは事前に先輩から聞いていたため、私もお断りトークはすぐに出たのですが、ただここまで多いとは思っていませんでした。
それからしばらくして私が驚愕したサービスDayを迎えます。
それは月に1回のイベントで、新作はすべて500円、旧作は300円になるというイベントです。
ただ貸出制限があり、おひとり様10本までとなっています。
その貸出制限があることで、この日のオペレーションに無限ループを生むのです。
そのイベントはいつもと違って大忙しだから覚悟してねと先輩に言われていましたが、その忙しさは想像を遥かに上回るものでした。
開店時間が10時なのですが、そのイベントの日に出勤した私の目に飛び込んできたのは3階からひたすら続く人人人の列です。
何とその列が1階にある歩道まで続いているではありませんか(良くテレビで見る新製品の発売イベントのような感じです)。
その列をかきわけながら3階に向かったのですが、何人かのお客様に「え?何お前!こっちはちゃんと並んでんだから並べよ!」と言われます。
それを言われた私は「すいません、ここの店員です。すいません、ここの店員です」と言いながら前に進みます。
店内に入り、先に来ていた先輩に「すごいですね」と言うと、先輩も「ここに入るの大変だったでしょ。だからこの日はちょっと早めに出勤するんだよね。これが今日は延々と続くから覚悟してね」と言われます。
私「延々と、、、」(心の中で半信半疑です)。
そして開店5分ほど前になり、スタッフ全員に緊張が走ります。
初めての経験だった私もそのただならぬ気配に「落ち着け。落ち着け」と心の中で何度も言い聞かせます。
いよいよ開店2分ほど前になったその時!
ドアは自動扉ではなく鉄製のドアなのですが、何とそのドアを「ドンドンドンドンドン」と外のお客様が叩き出すではないですか!?
それを聞いた先輩が「またか、、先走りやがって」と言い、私に対して「〇〇君、ちょっと早いけどドアを開けてきて」と言います。
そして私がドアに近づき、カチャッと鍵を開けた瞬間です!
ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ドッという響きと共に駆け足で店内にお客様がどんどん流れ込んできます。
私はそれを見て呆然としていたのですが、すぐさま先輩に呼ばれます。
「〇〇君!早くレジに入って!」
レジを見た私はさらに驚きます。
もうすでに手にビデオを持ち、縦に10本支えながら大量のお客様が並んでいるではありませんか!
私は「え?今開けたのに、早っ」と思いつつもレジに入ります。
DVDと違いビデオの時代のため、並んでいるお客様がみんながみんな縦に10本ずつ持って並ぶ姿は迫力があります。
そんな迫力に負けずに次々と会員証を受け取り、バーコードを機械に読ませる作業がひたすら続きます。
それが開店してから2時間ほど続き、お昼位に少し落ち着きます。
その時です。
先輩から恐いひと言が、、。
「〇〇君、午前中来たお客がまた昼以降に来るから覚悟しておいてね」と。
私「え?どうしてですか」
先輩「あいつら(表現が不適切ですが当時先輩がこう言っていたので忠実に表現します)新作をダビングしまくって自分のコレクションにしたり、酷い奴は横流しするやつも多いんだよ。だからこの日はチャンスとばかりに何回か来るやつは来るから、覚悟してね」と。
私「あー、そういう方もいるんですね」
先輩(黙ってウンウンと頷く)
そして先輩の予想通り午後から返却とレンタルの嵐が本当に来ます。
朝はレンタルだけだったのでまだ良かったですが、午後は返却処理をしないとシステムがレンタルを受け付けないように組まれているため、午後からの方が地獄でした、、、。
「早くしろよ!この野郎!」「こっちは時間がねぇんだよ」「お前遅ぇよ、ふざけてんのか」等の罵声を浴びせられ、ひたすら返却とレンタルの繰り返しです。
時間が無いというのはダビングしなきゃいけないからという事なんでしょうが、あまりにも身勝手だなと思いました。
そして気づけば返却されたビデオの黒い山があちらこちらに、、、。
忙しい合間を縫って、棚に戻さなければお客様もレンタル出来ませんし、問い合わせが殺到します、、、。
隙を見ながら走って棚に戻しに行き、カウンターに走って戻りと、その日仕事が終わった時には完全に精気を失くしておりました。
お客様の勢いは恐いですが、すごく周りの先輩も優しいですし、普段は非常にゆるい職場です。
なのでアルバイトをするにはいい環境かなとも思いましたが、私は何か違うんじゃないかとこの日を境に思うようになりました。
そのイベントの日、就寝前に床についた私の脳裏に浮かんできたのが「男性の異様に血走った目つきの数々」でした。
もちろん私も男性なので〇欲はありますが、固まりとなって迫ってくる男性の欲望は本当に恐ろしいなと感じてしまいました。
私は接客する立場なので、お客様から多少粗雑に扱われる事もありますが、ここまで酷い扱いを受けるのは人間本来の欲望が絡んでいるからだろうなと強く感じました。
私の中では「北斗の拳」の世界がその時になぜか浮かびました(荒くれものが欲望のままに町人を脅かしている姿と被ったのですかね)。
今回ブログなのであえて書いていない誹謗中傷的発言もあるのですが、そこは割愛させていただきます。
先輩はそんな私に「そんなの気にしないでいいからね。ここのお客は腐っているやつは腐っているから」とフォローしてくれましたが、私はここは居場所ではないと思ってしまいました。
それから店長に辞めたい旨を告げ、約2ヶ月間のアルバイトに終止符を打ちました。
その人に向き不向きってあると思いますし、私はこれはこれでいい経験をしたと思っております。
本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!