ある男の波乱万丈人生の幸せ追及日記 ~愛する息子に捧ぐ~

元役者で転職12回、結婚4回、50才過ぎて初子育てと、何かと波乱万丈な人生を歩んでいます。過去を振り返り、これからの人生の幸せを考えて行きます!

役者道スタート!

 前回お話した通り笹塚にある小さなプロダクションに所属することとなった私ですが、元東映の役者だった社長の下で夢に向かう暮らしがスタートしました。

所属俳優は10名ほどの事務所でしたが、先輩たちも優しく色々と教わることから始まりました。

まずは首都高速の高架下での殺陣の練習(人に見られるのは正直恥ずかしかったですが)や、社長の勧めで埼玉の乗馬教室に通ったり、また社交ダンスや日舞の練習にも行きました。

 

 社長が時代劇が大好きということもあり、いつでも時代劇に出れるようにそういった稽古をしていたのですが、当時はトレンディドラマが主流の時代で、若い私には何となくかっこ悪いなというのが正直な気持ちでした。

 

 

 ただ稽古を始めて約1年後にNHK大河ドラマのロケに参加させていただく機会が回ってきて、約1ヶ月ほど栃木県でのロケに参加しました。

今はエキストラといえば一般の方を募り、無料で出演するという事が多くなってきたかと思いますが、当時はエキストラはエキストラ事務所から派遣された人が参加しており、私はエキストラよりは上で役者さんよりは下という位置づけでした。

有名な役者さんのお付きの役であったり、エキストラの方達の先頭で戦場に向かう掛け声をかける役等、劇団には通っていたものの特に出演実績の無かった私は無我夢中で1シーン1シーンに臨んだ事を今でも鮮明に覚えています。

時代劇といえば顔に思いっきりメイクを施し、着物を着て鎧を纏うのですが、初めての経験だった私は売れっ子役者でもないのにスタッフさんに全部やっていただき、今思えば非常に恐縮する出来事だったかと思います(若いって怖いもの知らずですね)。

 

 有名な役者さんが数多く出演されていましたが、そこではプロの仕事というものをまじまじと見る機会があり、心の中では「これがプロの仕事か」と思うことがしばしばありました。

シーンを撮る前の表情は穏やかで、スタッフさんにも他の演者の方に対しても気遣いを見せたりもするある有名な役者さんがおりましたが、その方は本当に鳥肌が立つほどスタートとともに憑りつかれたように役に入り込む姿勢は本当に別格でした。

 

 もちろん名前は売れているけど人間的にはちょっとという役者さんも数多く見ましたが(サラリーマンでも同じですよね)、とても勉強になる経験となりました。

 

 シーンによって監督や殺陣師の先生が「じゃあお前次やってみるか」というような感じでしたが、周りの私と同じ立場の役者さんの中でも、積極的に自分を売り込む人の方を選ぶ傾向があり、年を重ねた今の自分はどうにでも変化出来ますが、当時の私は権力者に媚びるということがどうしても出来ない人間だったので(売れてもないのにプライドが高いんですよね)、1話の中でも周りに比べ私は出演機会が少なくなってしまいました。

 

 大半が大手劇団や中堅事務所の役者さんが多く、弱小プロダクションの私は事務所からひとりで参加しているため周りに話が出来る人もおらず、たまに声をかけてくれる他の事務所の方と話をしているような日々でした。

また、私だけ大人数でロケに参加していない事もあり、ある意味得をする場面もあり、その点は良かったかと思います。

他事務所だと次のこのシーンをやるのは先輩優先や、じゃんけんで決める等、話し合いが必要な状態でしたが、私は監督や殺陣師の先生が「じゃあこれお前やって」と直接私に言ってくれるため、有名俳優さんのそばでシーンを撮る機会は多かったです。

 

 ある日、私だけある有名俳優さんとシーンを撮る機会があり、ホテルからタクシーにひとり乗り込みロケ先に行くのですが、タクシーの運転手さんにまず「お兄さん有名な俳優さんなの?」と聞かれ、「いえいえまだ始めたばかりです」と答えると、運転手さんは「・・・」となり残念そうでした。

もうすぐロケ地に着くといった時、ロケ地周りにはロケを見ようとする人だかりが出来ており、それを見た私は嫌な予感がしました。

 

 嫌な予感は見事的中!!

私が車を降りるなり「きゃー」「わー」「誰誰」と多くの人が大きな声を上げていました。その後私を見るなり「・・・」「有名な人なのかな」「誰誰、知ってる?」等の声が飛び交っており、心の中の私は「ごめんなさい」「売れておりません」「あまり見ないでー」と叫んでおり、そこをかき分けて関係者入口へ向かいました。

 

 俳優さんのエピソードもいっぱいありますが、今は普通のサラリーマンですし、エピソードについては割愛させていただきます。

 

 何か訳も分からず無我夢中で参加した芸能界での初仕事でしたが、若い自分ならではの恐いもの知らずの精神で無事乗り切ることが出来ました。

今思えば後々のために顔をもっと売っておけば良かったと思いますが、それはこの年齢で経験を重ねたから思えることであり、もしタイムマシーンという物が存在し、過去に戻り若い自分に対したくさんアドバイスをしても当時の自分は聞く耳を持たなかったと思います。

 

子供がこの年になってから出来たのも運命ですし、とにかく過去のことを綴りながら今を必死に生きようと思います。

 

 

本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!