ある男の波乱万丈人生の幸せ追及日記 ~愛する息子に捧ぐ~

元役者で転職12回、結婚4回、50才過ぎて初子育てと、何かと波乱万丈な人生を歩んでいます。過去を振り返り、これからの人生の幸せを考えて行きます!

小学校時代(暗黒の時代から感じた事)

 通常は何も考えず楽しい思い出にあふれた時代のような気がしますが、私の場合は脳が完全に封印しているのか、その時代の記憶がほとんど無いです。

前回お話しさせていただいたように、子供の頃は特にコミュニケーション能力が低く、周りと溶け込めない子供でした。

小学校3年生の時に初めての友達ともいえる友人ができ、彼に誘われ色々遊んだ記憶はうっすら残っています。

彼から漫画を読む事の楽しさや、外で遊ぶ事の楽しさを教わったといっても過言ではないかと…。

ただそんな彼も小4の時に母親を亡くし、高学年に上がる頃にはだいぶ性格も変わってきて、それからどんどん疎遠になった気がします。

 小学校の高学年に入るとなぜかいじめを受けるようになり、非常に辛い日々を送っていました。

誰かを押しのけて率先するとか、目立つとかもなかったので、なぜ受けるようになったかは思い当たる節はないのですが、5年生と6年生の2年間は自分の中でかなり苦しんだと思います。

今考えると、人には溶け込めない性格でしたが、非常にマイペースな性格なので集団の中では浮いた存在になっていた事が周りからすると気に食わなかった人もいたかもしれません。

集団の中で集団に添い、狭いコミュニティの中での孤絶した人間は今も昔も変わらず排除したがる人はいます。

昭和は何かをみんなで成し遂げるのが当たり前の時代でしたし、学校での教師の暴力や権力は絶対でしたし、親もどちらかというと先生が言うなら先生が正しいといった雰囲気でした。

先生の存在価値以外は今もその風潮は残っているかと感じますが、昔に比べたら個人個人の尊重が重要視されてきた気がします。

この文章を書いていて私が転職が多いのも、その性格が起因しているような気がします。

結局自分がやりたい仕事内容よりも、職場の人間関係で左右されますね。

 

 話は戻りますが、状況が一変したのは6年生の時で、体育館の中だったと思いますが当時番長格だった男とお付きのような2人のからかいが始まりました。

体育館の中で殴る蹴るを受け、床に倒れこみ天井を眺めていました。

そこで何か自身の中でたががはずれ、気付くと声を上げながら番長の背中に向かっていました。

彼のほうが15cm以上背が高かった事もあり、後ろから飛びつき頭をつかみ体育館の床に頭をたたきつけました。すると彼は鼻血を出し床に倒れこんだ時点で先生に発見され保健室へ連れていかれました。

その事がきっかけで「あいつは怒らせたら怖い」という噂が流れ、その後いじめは全く無くなりました。

私は自身で何とかいじめを克服しましたが、私のようにタイミング良く克服出来る人は少ないかと思いますし、ひとりで悩まない事が大事ですね。

 私の父親は江戸っ子気質で非常に厳格な人だった事もあり、20才過ぎるまで普通の会話を交わした記憶はありませんし、一緒に遊んだ事もないです。

今は年老いたのか、頻繁に連絡をしてくるようになり普通に会話をしますが、当時は存在が恐くて恐くて仕方ありませんでした。

 反面教師ではないですが、私は息子が気軽に悩み事を話せる父親を目指そうと思っています。

 

本日も長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!