ある男の幸せ追及と子育て日記

元役者で転職15回、結婚4回、50歳を過ぎて初子育てと、何かと波乱万丈な人生を歩んでいます。子育てや所感を中心に人生の幸せを追求していきます!

話し上手は気遣い上手!

※よく見ると実は怖い看板

この気持ちをどうしても伝えたい!

何が何でも自分の話を理解して欲しい!

こういう場合は意外と熱く語ってしまい、口から次々に言葉を発してしまいがちですよね。

私も昔はこのタイプの人間でした。

 

でも熱く語れば語るほど、相手は熱く語る人の熱量に押されてしまい、逆に何にも伝わっていないのが現実です。

でも話が上手な人はけっしてそういった話し方をしません。

 

話の上手な方はタイミング良く間を利用しています

歌もそうですが、必ず途中には間奏が入ります。

間奏が入ることでリスナーは「また来るぞ、来るぞ」と聴く態勢に変化するんです。

この手法と同様に、話も間奏的なものを上手く使う方は話し上手な人だと私は感じます。

 

私は現在営業職なので、様々な方たちとお話しさせていただく機会も多いです。

そんな話すことが仕事の私なので、話し上手な方とお会いすると非常に勉強になりますし、そういう方とはまたお話したいと素直に思えます。

「話上手は聞き上手」と良く耳にしますが、まさしくその通りです。

 

話の起承転結がしっかりと構成されており、結に向かうまで途中AメロBメロのようにテンポを変え、相手方の理解度を間奏(間を取り相手の目をタイミング良く見ながら笑顔等を上手く入れてきます。※マスク姿でも目できちんと笑っています)で確かめながら進めていくのです。

 

そういった話し上手な人は、結局相手への気遣いも上手なんですよね。

 

我々宿泊業界ではフロントスタッフは聞き上手であればどうにかこうにかある程度は上手くやっていけます。

 

よく新人スタッフに見受けられるのは、お客様が聞く態勢に入っていないにも関わらず、ホテルの説明をしたいもんだから、相手の様子を全く伺うことなくひたすら説明をする。

こういったスタッフはあとからお客様にお叱りを受けることも多いです。

結局間も取らないし、お客様の様子も気にしない(むしろこの場合は気にする余裕すら無いが正解ですが)、あくまでただの伝達なんですよね。

 

これこそ私が冒頭でお話した内容そのままですね。

どんな人間でも集中していられる時間には限りがありますし、ただただ矢継ぎばやに説明されても、お客様の聞く気も失せるんですよね。

 

歌もそうですし、人気落語家や人気漫才師などは間の取り方が絶妙だから人を惹きつけるんでしょうね。

 

もちろん世の中には話下手な人もいます。

でも話下手な人は自分が話下手ということを理解している方も多いですし、むしろ少ない言葉数でも一所懸命に伝えようとする気持ちを感じます。

だからそれはそれでいいと私は思っていますし、相手が真剣に聞き入ろうとする姿勢に入ってくれるのは、その人の一所懸命さが伝わっている証拠だと思います。

だから話し下手だと感じる方は、相手に対する誠意さえ持っていればきちんと相手に伝わるので心配は無用です。

 

実際、フロントスタッフでも話し下手な子が入社してくることも多々あります。

でもそういった子たちに共通して言えるのは「話し下手でも良い接客でお客様を喜ばせたい!」という気持ちを持っている点です。

お客様も鬼ではありません。

話しが下手でも誠意を持って接客している子の雰囲気はきちんと察してくれます。

 

だから話し上手だけがホテル業界では成功するってことは全くないです。

 

それとは逆に話が上手いと勘違いしている人。

これが一番たちが悪いです。

 

そういう方は完全に「自己満足」の世界です。

 

人に伝えようなんてこれっぽちも考えていない。

 

なので。

「こんな事を知ってる俺ってかっこよくない?」や

「こんな専門用語を沢山知っている俺ってイケてない?」

的な要素ばかりが目立ち、肝心の話は全く入ってきません。

 

私の会社でも外部から来た役員に多いのですが、かなりの高学歴と職歴か知りませんが、話の中にとにかく「カタカナ用語」ばかりを多用します。

聞いている側からすれば???の連続です。

これこそ「俺ってイケてるでしょ」の典型にしか思えません。

 

私の中で本当に頭が良い人というのは「誰が聴いても分かる言葉を使い上手に話せる人」が頭の良い人だと思っています。

 

もちろん、専門講座の中で講師の先生が生徒に対して専門用語を話すのは構いませんが、ホテル以外の経済用語やIT用語を多用されても正直スタッフ全員には伝わりません。

そういった役員はコンサルタント会社を渡り歩いている人間が多いのですが、「わざと分からないように話してマウントを取っているんじゃないか」と疑ってしまいます。

 

あとは弁士と呼ばれる政治家の先生たちですね。

辞書で引いてみると、

弁士: 弁舌の巧みな人 ⇒ 会話術; 講演・演説などをする人。特に、候補者本人・応援演説を問わず、選挙又は政治活動で演説を行う人物を指す。

 

普段の答弁など見ていると、とても巧みな人には見えません(笑)

弁論大会の学生の方がよほど上だと思います。

 

あくまで推測ですが、国民にきちんと伝えようとする気遣いが全く無いからこういった話し方になるのです。

 

答弁書は官僚が書いているんだし仕方ないのでは?

と思う方もいらっしゃるでしょうが、あくまで答弁書答弁書で、それを事前に熟読するなりして、自分の言葉で伝えればいいだけの話です。

それをただただ棒読みでやるから間延びした話し方になりますし、聞くに堪えない話し方になるんだと思います(ちゃんと聞いてもらった方が都合の悪い事が多そうなのでわざとかと勘繰りたくもなりますが)。

 

日本の政治家と海外の政治家の違いはきちんと国民の目線に語りかけているかいないかの違いだと思います。

日本の政治家は小学校で先生にあてられた生徒か!と思うほどかっこ悪い、、、。

海外の政治家はきちんとカメラに向かって話す時間が多く、質問にも自分の言葉で伝えている人が圧倒的に多いです。

※それがかっこ悪いと思ったのか、一時期プロンプター流行りましたが先生たちが老眼で見づらいから無くなったのかもしれませんね。

 

国会中継でも質問を投げかけられて慌てて官僚が「吉兆の女将方式」を取り、耳打ちしている様は「この国は本当に大丈夫か?」と、国の行く末を憂いてしまう瞬間でもあります。

少子化にも歯止めが効かずにどんどん人口減で先細りな気もしますが、省庁を新設すれば満足するという流れってどうにかならないの?と個人的には思っています。

 

私が3歳の頃は高度経済成長期の真っ盛りで、その後も緩やかに成長を続けていて幼い頃ながら大人が輝いてみえる時代でした。

それに比べて今はどうでしょう。

生まれてこのかた不景気しか知らないという人がだいぶ増えています。

 

今3歳の息子が将来見るであろうこの国の景色はどうなっているんでしょうね。

また今月も値上げラッシュのようで、本当に明るい話が全く出て来ない世の中に変わってしまったなとつくづく思います。

平均寿命でいくと、私は30歳に成長した息子までしか見られません。

 

閉塞感ばかり感じる世の中ですが、家の中は少しでも明るく楽しく生活していきたいですね。

 

話の間の取り方からかなり内容が飛躍しましたが、どんな身分の方でも間の取り方をきちんと考えて話さないということは、それだけ相手に対する気遣いが全く無いってことなんでしょうね。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

興味は未来への活力!

※福岡県北九州市TOTO博物館に展示されている「トイレバイク」。息子が「あ!バイクー、うん?トイレー」と言っているのが面白かったです。

我が家の息子も気づけばあっという間に3歳。

初の子育てで不安いっぱいだった3年ちょっと前。

その心配もよそにすくすく成長してくれています。

 

新しいパパママさん。

お子さんが生まれて、我が家で一緒に暮らし出す時って緊張しますよね。

ただそこまで心配は無用です!

もちろん目を離してはいけない時期やタイミングもありますが、神経質になるだけ損ですし、気持ちに余裕を持たせていなきゃ、ただただ神経がすり減って、むしろその後の子育てに影響しますよ!

ご自身のお子さんの可能性を信じてあげましょう!

 

まだ歩けない頃から周りを良く見る子だなと思ってはおりましたが、今となってはびっくりするほど色々なものの仕組みを理解しています。

私たち夫婦がやる事を見て覚えたのでしょうが、「何でそんなこと知ってるの?」と驚きの連続。

 

簡単なことで言えばドアの開け閉め。

家に入れば内鍵をかけ、外出時は鍵は上手く回せずとも「かぎー」と私に閉めるように指示を出します(笑)

車のリモコンキーもどっちが開ける、どっちが閉まるも教えてないのに知っており、私と出かける時にはリモコンでドアを開け、そのあと私にリモコンを返します。

部屋が暗くなれば「でんきぴかー」と言いスイッチオン!

 

3歳になったのは先々月。

それまではほとんど話さなかった息子がここへきて急に話すようになり、今では単語のみならず文章で話すように変化。

例えば「〇〇ちゃん(自分のこと)パパ一緒に買い物行くー。くるまで行くー」のように話し、買い物に行けば「〇〇ちゃん、これかうー。これほしいー」等。

 

以前は妻と、「話をなかなかしないけど大丈夫かな?」と話していたのがうそのよう。

物の名前もいつの間にか理解しており家の中にあるものの名前は大半覚えています。

 

確かに息子に対し話しかけることはずっとしていましたし、その時に物の名前を言ってはいました。

ただ当の本人はきょとんとしていましたから、「まぁ分からないかー」と内心思っていたのですが、息子はちゃんと聞いていたんでしょうね。

本当にスポンジのような吸収力には驚きを隠せません。

 

赤ちゃんの頃はなぜか英語の動画しか見たがらなかったので、英語の動画を中心に見せていたのですが、ここへきて「あっぽー(リンゴ)」、「グリーン(緑)」など日本語でも言え、英語でも言える言葉が沢山出てきています。

無理に習わせるのではなく、本人の意志で見ていたことが大きかったんでしょうね。

 

手を洗う時も「〇〇ちゃん、あわあわするー」とハンドソープを渡せと言いますし、手を洗い終われば蛇口をきちんと閉めますし、きちんとタオルで手を拭きます。

ハサミも使いたがるので細心の注意を払いながらやらせていますが、そこもきちんと見ていたのか刃の部分は持たず、柄の部分を右と左の手を使ってどうにか切ります。

切れたあとは満足げな表情で私を見て‘‘ニコッ‘‘と笑います。

 

私が幼い頃は父に「あぶねぇだろう!」「まだ早いんだよ!」と言われ、やりたくてもやらせてもらえない子どもでしたし、やりたい部活もやらせてもらえず剣道一択。

思春期までの間に様々なことに興味を持ちましたが、そこは全て父に却下された私でした。

 

なのでどんどん色んなことに興味を持てない子どもになり、次第に冷めた目線でしか世の中を見られない人間に変わりました。

 

だから私は子どもが興味を持ったことに対し、一旦はやらせてあげるようにしています。

もちろん3歳ではちょっと難しそうなことの場合は、事前に私がデモンストレーションをしてそれを息子に見せ、「じゃやってみようか?」と言うと、息子も笑顔で大きく頷き「やるー」と元気よく答えます。

 

先日も私が料理をしている時にジーッと私を見ていたので、「やる?」と言えば笑顔で「やりたーい」と言い、椅子の上に立たせて麺を茹でる作業を教えて上げました。

息子も私が普段からガスコンロの前では「これあちーだからね」と言ってきているので、鍋やコンロの熱くなる部分には絶対触りません。

 

すごい勢いで吸収していく時に危ないや面倒という理由で、その子どもの「興味の芽」を摘むなんて私は嫌です。

私自身がそれで萎縮していった過去もありますし、興味や探究心は未来への活力だと私は思っています。

 

まずは色んなことに興味を持ち、とにかくそれを知る。

その中から自分がやりたいことや、好きなことって決まっていくんだと思っています。

 

息子はまだまだ3歳。

可能性は無限大です。

選択肢の幅は広がった方が、将来に夢と希望を持てます。

 

私は右往左往した人生を送ったため、最後は結局サービス業の一択のみでした。

本人が自発的にやりたい!

そこが私は大事だと感じます。

ただ私が「宿泊サービス業」という最下層のサラリーマンですから、潤沢な資金がないのが辛いところですが、、、。

 

でもパパはどうにかするからね!

 

 

無理に「あれやれ」「これやれ」では本人の中には何も残らない無駄な時間の使い方でしかないんです。

時間は無限大ではありません。

今この瞬間瞬間が大人への大切な時間なんです。

 

「子どもは遊びが仕事」

まさしくその通りです。

色々やって飽きることも出てくるでしょう。

それでも構わないんです。

「興味を持つ」という生きる目的を達成しながら大きくなっていくのですから。

 

無気力って何に対しても興味が湧かないってことです。

私も人生の中でこういった期間もありました。

何もする気が起きない。

最低限の食事をしてただただ寝て過ごす。

 

私は役者をやめてからやりたくもないサラリーマンを始めた人間でしたし、会社によっては大ハズレのところもありました。

やりたくもないことで、さらにパワハラを受ける。

そりゃ無気力になりますよね。

だから様々な興味が出て、社会に出る前の時間がきちんと取れる若い時期には様々なやりたいことをするべきなんです。

 

興味を持つ ⇒ それを深堀していく ⇒そこから関係性のあるものにさらに枝分かれする ⇒自ずと知識の幅が広がる ⇒気づけばスペシャリストになる ⇒ その知識で世の中の人を幸せにする ⇒興味を持って良かったと思えてさらにスキルアップを図ろうと努力する

 ⇒ さらにより多くの人を幸せにする

多くの失敗や選択ミス、そういったことを経てみんな生きていると思います。

何か好きなものに出会えた時に、最終的にはこういったサイクルで回せれば一番良いと考えております。

 

私は息子に早い段階で色々試して失敗を重ねて欲しいですし、変になあなあで無難な日常を送って欲しくありません。

あれこれ興味を持っている時に、そこをサポートしてあげるのが親の務めだと思っています。

 

昔はオタクは気持ち悪いみたいに言われてしまう時代でしたが、今やあちこちからその分野のスペシャリストとして重宝されています。

 

とにかく全力で時間を忘れるほど夢中になる!

いいじゃないですか。

 

私は息子に何でもいいので自信をつけて欲しいと思い子育てをしています。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

人目が気になるから招く不幸

 

ちゃんとしよう。

ちゃんとしよう。

そういつも思っているからうまくいかない気が。

 

◆例えば駅での話。

駅のコンコースを歩いていると、自分の前方からこちらに来る人や、同方向を目指して歩いている人の動きが気になります。

その時の私の頭の中はその人とすれ違いや、同方向の人の速度が遅い場合は、その人を抜かしていくシミュレーションを始めています。

 

そんな風にシミュレーションをしているのに、全く上手くいきません。

それはなぜか?

相手は全く何も考えていないからです。

相手は好きなように歩きます。

私はその人にすれ違いざまや抜く時にぶつからないように考えて歩いています。

 

相手が私のような人であれば、お互いの間の取り方を双方考えているわけですから、何も無かったかのようにすれ違えます。

しかし先に述べた人の場合は必ず私がその人を避ける形ですれ違います。

 

相手は何も考えていないですし、前方に私がいようが私が避けてくれるもしくは眼中に無いのどちらかだと思います。

 

考えるだけ損だと分かっていても、性分ですから何も考えずに追い越したり、すれ違ったり出来ないのです。

その何も考えずに歩ける方たちを私はうらやましく思います。

 

特に最近の集団は横並びで歩きます。

私の学生時代は前方から来る人に迷惑をかけないよう指導されていた事もあり、特に狭い道路では1列に並んで歩いていました。

もちろん常にというわけでは無いですが、前方から人が来る時には必ず道を空けて歩いていました。

 

ところがどうでしょう。

最近は大人であろうが、学生であろうが、数に物を言わせるかのようにそのままの態勢で迫ってきます。

3人なら3人の幅のまま、4人なら4人の幅のまま。

今までで一番多かったのが8人の並列歩きでした(笑)

まるで資生堂TSUBAKIのCM(古いですが)のような感じで歩いてくるので、私はひとりでそういう並列歩きの集団を「TSUBAKI歩き」と命名しています。

 

つい最近も4人並んで歩いてくる集団に遭遇しました。

その完全に道を塞いで歩いてくる高校生の女の子とすれ違う時、よけているはずの私に対し、一番端にいた子に軽く舌打ちされました(泣)

自分たちが良ければそれでいい。

私らは仲良し4人組だから並列で歩く。

それはそれで構いませんが、もう少し相手の事を考えてくれたらいいと思うのは古い人間なんでしょうか。

 

コンコースの話に戻しますが、歩いている人たちの歩きスマホ率の高いこと高いこと。

私の体感で言えば約7割はスマホを見ながら歩いています。

「駅での歩きスマホは危険ですからお止め下さい」の博多駅のアナウンスが私には虚しく響いてきます。

スマホに夢中なわけですから、アナウンスなんかに耳がいくわけないですしね。

あと駅の通路の真ん中で急に立ち止まってスマホで話し出す人。

後ろからの人の流れが気にならないんでしょうか???

 

追い越しの話に戻します。

追い越しする際にいつも思うのですが、みなさん自分の欲望の赴くままに歩いているとしか思えません。

特に通路の右に左にお店があれば、右から追い越そうとしたらなぜか急に方向転換をして私の前を塞ぎます。

 

私も私で「またどうせ塞がれるのかなぁ」と思いながら歩いていることで、それを呼び寄せている可能性も無きにしも非ずですが、見事に私が行こうとした方向を塞いできます(笑)

歩行者ですから大事故には至らないとは思いますが、周囲を気にしない人が増えたなぁと思う今日この頃です。

 

 

◆例えばスーパーでの話。

スーパーで私が欲しい商品の棚の前に限って、奥様方がカートで通路を塞ぎ雑談しています(笑)

私が来ているのに気づいているはずなのに、全くその奥様方はどいてくれる気配すらありません。

その行為をなぜ出来るのか私には理解が出来ません。

その奥様の敷地だったら分かりますが、みんなのスーパーなのです(泣)

 

「すみません、すみません」と言うと、ようやくどいてくれるのですが、中にはそう言ってもどいてくれない人たちもいます。

何で?どうして?

私には不思議でなりません。

会話を止めるのも出来ないくらいそんなに大事な会話なんでしょうか。

話し込むのはいいですが、せめて人通りが少ないもしくはいない所でやって欲しいなと感じます。

 

レジでもそうです。

私は自分の後ろに並んでいる人に迷惑をかけちゃいけないと思い、事前に財布と小銭入れを手に準備してから会計に臨みますが、大抵の方はお会計額が決まってから鞄から財布を取り出します。

そういう方に限って、私は端数地獄に招待されます。

鞄から財布を出したかと思いきや小銭入れは別にあり、まさかのまだ鞄の中。

そして小銭入れが中々出て来ない(泣)

やっと出てきたかと思いきや、端数をきちんと聞いておらず「いくら?いくら?」と店員さんへの攻撃が始まります。

改めて店員さんが伝え直してやっと理解したとしても、小銭入れに無造作に入っている小銭が絡まり中々出て来ない。

 

そして挙句の果ては、、、

「あー無いわ。それで!」と先に出していたトレーのお札のみ。

 

関西人でも無い私も思わず「無いんかい!」と頭で突っ込み。

あー。

何で。

どうして。

 

そこまでマイペースを保てる人のメンタルの強さをうらやましいと思いつつも、そういう人間にはなれない私です。

私の場合はすぐに出せるように、小銭入れの中のポケットに事前にグループ分けをしており500円100円50円、10円、5円と1円の3グループ分けにしています。

 

そんな現在の私も若い頃は人のことなんか考えていませんでした。

すれ違いでも絶対よけなかったですし、何で俺が歩いている道を開けなきゃいけないんだくらいに思っていました(それはそれで極端ですが)。

 

こんな180度違う考えに変わったのもすべて接客業に携わりだしてからかと思います。

以前お話したサービス業の師匠でも触れましたが、当時のスーパバイザーから「お前は何もしてなくても偉そうだから、普通の人以上に物腰を柔らかくした方がいいよ」という台詞です。

 

tyusen-yo.hatenablog.com

 

 

私は今までの人生の中で先輩という立場の方たちに可愛がられた事が無かったのですが、その方は公私ともに非常に目をかけて可愛がってくれた人でしたし、正直認められた自分がうれしくて変われたのだと思います。

 

ただ昔は接客業以外の職種に就いた途端に、その魔法が切れてしまい、元の自分に戻ることもありました。

ある不動産会社の社員に30歳くらいの時に就いたのですが、入社して早々にその社長から、ただ椅子に座っている私に対し(足とかも組んでいません)「お前は何か偉そうなんだよな」といきなり言われてしまいました。

自分では普通にしていたつもりなのに腹が立つよりもショックの方が大きかったです。

 

そんな経験をした私は、その後完全にいつもいつも人目を気にして生きていくという人間になってしまったのです。

 

もちろんそのおかげでホテルでは支配人職に就く事が出来ましたし、その経験があったことで現在に至っています。

でも疲れるんです。

別にいい人を演じ続けているわけでもないのですが、元来頼み事には快く応じる性格です。

ただその暮らしを続けたことで、結構街の中でも知らない人に道を聞かれたり、ホームセンターでは知らない人に商品の場所を聞かれたりします。

 

道を開けてくれないのは自身が放つ「サービス業オーラ」が原因なのかもしれません。

あとは息子が生まれてからは特に表情が柔らかくなったのもひとつの要因かもしれません。

 

自分で言うのもなんですが、昔は初対面の人に「見た目が恐い」とやたら言われましたが、最近は「優しそうなおじさん」というイメージらしいです。

時の流れは人を変えていくんですねぇ。

 

何か話が逸れてしまいました。

 

私が今回お伝えしたかったのこと

みんながみんなマイペースであれば世の中はおかしくなりますから、誰かがそこを受け止めていかなきゃきれいに回らないですよね。

 

人にどう見られているかは気にすることはないんでしょうね。

それより自分が恥ずかしくない生き方をしているかの方が重要だなと思った私でした。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

通算30回目の引越しを迎えて

※毎年毎年猛暑ですが、ひまわりは夏の風物詩で気分が明るくなる色ですね!

 

まん延防止が解除され、各地への営業が再開し、仕事が急に忙しくなったと思いきや、それも一瞬。

最近の感染者急増で、少し前に振り回された変更やキャンセル処理に追われだし、なかなかブログに手を付けられなかった私ですが、なぜかそんな中でも引越しだけはする、、(笑)

 

親元を離れて約35年、通算30回目の引越しとなりました。

35年に30回目の引越しということは、単純計算で一か所1.17年。

実に短い!!

 

何でこんなに引越しが好きなんでしょうね。

ここまでしょっちゅう引越しているには訳もあります。

 

それは何かと言えば転職回数の多さと現在の職種でしょう。

私の場合はサラリーマン人生の大半は宿泊業に携わっておりましたので、異動が多い事も関係しています。

結局、異動先でもその街の雰囲気が分かってくると、さらに良い環境を求めて引越しもしますから、異動すると最低1回は引越します(笑)

 

なので免許の裏書がひどい時だと2枚重ねになった事もありましたし、ここ20年位は裏書が無い免許証を持ったことが無いかもしれません。

 

ただ今までとは違い、今は子どもがいます。

今は3歳で、まだ保育園も幼稚園も行っておりませんから良いですが、来年からは幼稚園に入園させようと思っていますし、今までのように感覚や勢いだけで引っ越すのではなく、定住を真剣に考えていかないといけない時期に入った気がします。

 

世の中の皆様はどうされているのでしょうね。

50代の持ち家率が85%と言われていますが、まさかの15%組とは。

同年代でそこまで少数派だったとは夢にも思いませんでした。

ただそこまで多いというのは、世間の皆様の人生設計がしっかりしているという裏付けでもありますね。

数字で見せつけられると改めて私の社会不適合者ぶりが浮き彫りになりますね、、。

 

私の場合は仕事と同じで、「本当にこの会社でいいのか?」という自問自答が住まいに対しても常にあり、安定安住を全く求めておりません(笑)

いやー。やはり社会不適合者だ。

今の会社も入社して4年経ちましたが、この社歴で私のサラリーマン人生で歴代3位です。

 

今まで一番長かった在籍期間が8年半、その次が4年半、そして今の会社です。

このままでいくと2位に浮上しそうな勢いなので、最近の私はソワソワする気持ちが止まりません(笑)

 

役者をやめてから流れ流れて今の宿泊業に辿り着いた訳ですが、宿泊業だけでもすでに転職回数が4回目。

心から好きかと言われたら好きではないのかもしれません。

ただ慣れた仕事というだけ。

だからいつも転職を繰り返し、右往左往している気がします。

 

心から好きという仕事か、大変だけどやっていて苦にならずに達成感がある仕事に携わらない限り、私の模索人生は続くような気がします。

 

そんな甘々な事を考えている52歳ですが、今は幼い息子がいます。

妻と息子の事を思えば、``我慢してでも今の会社にしがみつかなきゃ``となるわけですが、妻は「やりたいことが見つかったら、それをやればいいよ」と言ってくれます(泣)

その気持ちだけでもありがたいし、うれしいですね。

 

引っ越した新居の話に戻ります。

今回引っ越した物件は賃貸の一戸建てで、広さは何と120㎡あり間取りは6DKです。

奥行3m、横幅30mほどの庭もあり、息子はその広い家と庭に大喜びです。

物件自体が高台に位置し、家が段々畑状に建っているため、視界も良好でプライバシーも良好、窓から見える景色も遮るものが全くないので妻も喜んでいます。

 

問題は築年数です。

築50年の物件ですが、以前の所有者が大工さんだったようで、水周りは新しい物にリフォームされており、躯体もしっかりしているため、あまりデメリットは感じられません。

家賃もかなり格安ですし、東京本社の同僚に話すとびっくりされます。

 

ただ、唯一の難点は急坂が2か所あるという事ですね。

息子は下っていく時はキャーキャー言いながら軽快に下って行きますが、帰りは目の前の上り坂を見ると一挙にテンションが下がり、「ちゅかれた」と言って私の目をジーッと見つめ、無言のまま抱っこをせがみます(笑)

約18kgの息子を抱っこしながらの上りは52歳の私にはかなりこたえます。

 

「抱っこしなきゃいいのに」とも思いますが、息子が成人するまであと17年。

まだまだ先が長いですし、私が元気なうちは筋トレの一環として息子のリクエストに応えようと自身で決めて奮闘しています。

今までは健康についてなんてこれっぽちも考えなかった私ですが、息子が生まれてからは少しずつ考えるように変わってきました。

 

親としての責任ってやつですかね。

 

今までの私は必ず年2回風邪を引いていたのですが、息子が誕生した年の翌年である2020年の1月に職場でインフルエンザをうつされて以来、ここ2年半は風邪を一切ひいていません。

 

その時、人生で初めてインフルエンザにかかったのですが、かなり辛かったのとまだ幼い息子にうつしてはいけないという気持ちが自身を変えたのかもしれませんね。

何をするにしても健康でなければ始まりませんし、健康な状態で生活するという事は人生においてかなりありがたい事ですね(年齢を重ねて改めて気づきました。遅い、、)。

息子も病気知らずで今まで育ってくれていますし、健康体で生まれた事に感謝です!

 

またまた爆発的に感染者が増え、私の周りでも実際コロナに感染している人間も多いので、明日は我が身という事にもなりかねないですが、感染対策をきちんと行った上で、あとは気持ちで打ち勝つしかないのかなと思っています。

「病は気から」と言いますしね(そんな非科学的な)。

 

でも強い気持ちを持ったこの2年。

実際に私は一度も感染してません(もちろん手洗いやうがいはきちんとやっていますが、それ以外特別な事はしていません)。

 

感染者が増える度に見る見るキャンセルが増えて売上が下がっていくこの業種。

この引越しとともに、仕事も新天地へ移る時なのかもしれませんね。

 

ただ、社会不適合者の私。

 

結婚にも職にも恵まれず今まで生きてきましたが(裏を返せば恵まれているから回数を重ねているのですが)、おかげさまで結婚生活は今までの歴史の中で最長記録になりました!

付き合いだして約8年、結婚して約6年経った今でも、妻とたわいもない会話で盛り上がって幸せに過ごしていますし、なんせかわいい息子もいます。

 

私もさすがに結婚4回目。

妻に対する感謝の気持ちをいつも忘れずに生活しています。

 

今までの結婚生活はどこか驕り高ぶる面もあった事も否めませんし、素直に感謝の気持ちを伝えてなかったと思います。

それで上手くいくはずなんかありませんよね。

 

あとは職の安定ですね。

今の時代何が起こるか分かりませんし、安定した職業なんてないかもしれませんが、さすが職業ヒエラルキーの最下層。

2年以上も昇給賞与なんて言葉を置き去りにした時間が過ぎようとしています。

 

一時期「底辺の職業ランキング」って問題になりましたが、それを問題と語っているのはすべて高収入を得ている人たちです。

そんな人が語っていても、私の中では「はぁ?」としか正直思いませんし、便宜上の発言としか思えません。

 

そりゃ世の中の人たち全てがヒエラルキーの頂点に君臨し出せば、誰も好き好んで人に尽くす仕事なんてやらなくなるでしょうし、一番困るのはその人たちです。

金は出すからと言っても、みんながお金持ちであれば誰もやりたがらないわけですから。

 

私自身は今に至った経緯を重々承知した上で、やるならきちんとやろうと思って頑張っています。

底辺の自覚を持ちつつも、やるならプライドを持ってやるしかないと思いやっているのです。

 

原材料費の高騰で食品を始めあらゆる物の物価が上がり続けておりますが、ホテル業界はむしろ逆行しており、お客は減っているのにホテルは乱立し続け、それによりさらに供給過多に拍車がかかり、その結果競合他社と安売り合戦となるため、なかなかデフレからの脱却が出来ない状態です。

ついに今後会社の存続も危ぶまれている話もチラホラ出てくる始末。

 

日本の5%しかない一部上場企業のボーナスは増加しているようですが、我々は下手すればこの先何年間も「ボーナス」と呼ばれるものの支給は無さそうです。

上の所得が増加すればいつかは下流まで回ってくるかもしれませんが、あと何年我慢すれば良いのやら。

 

時すでに遅しかもしれませんが、「人生設計は大事だな」と改めて気づいた52歳のおじさんでした。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

続・子は親を映す鏡

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相変わらず寒い日が続いておりますが、皆様体調はいかがでしょうか?

 

私は先日頭痛と鼻水が止まらず「ついにきたか、、」と思いましたが、全く熱は上がらず、ただただ頭が痛いという日が続きました。

あまりに頭痛が続くので心配になり、会社の簡易検査キットで検査しましたが、結果は無事「陰性」。

その後数日して鼻水や頭痛も治まりました。

 

無症状なのか、それともただの疲れか。

いずれにせよ家族をはじめ、周りに迷惑を掛けずに済んで良かったです。

 

2020年頃は周りに感染者が誰もいなかったのに、最近では同僚がかかったりと誰がなってもおかしくない状況ですし、基本的な感染対策はこれからも守っていこうと思います。

 

さて今回のお話ですが、だいぶ前のブログの中で「子は親を映す鏡」についてお話しました。

 

tyusen-yo.hatenablog.com

 

 

我が家の息子もこの記事を書いてからかなり成長しています。

私は相変わらず本業が忙しく、なかなか新たなネタも出てきません(泣)。

そこで今回は続編としてお話しようと思います。

 

何度かお伝えしていますが、私は何をやるにもこまかいことが気になる人間です。

ちょっと何か作業をすれば、しょっちゅう手洗いをします。

ハンカチも夏場は必ず2枚持ち歩きますし、息子と外に出る時は私用と息子用を持って出かけます。

 

これは私が子供の頃から変わらないところで、登校時には必ずハンカチとティッシュを持っていっておりましたが、当時は同級生にちょっとバカにされる部分も多かったです(男ってなぜかハンカチを持ってない人が多いですしね)。

 

 

車の中にもダッシュボード周りを拭くシート、窓ガラスを拭くシート、ティッシュペーパーにウェットティッシュ等、用途に分けて使える拭きグッズを積んでいます。

ただ、車の中にごちゃごちゃと色々な物を置くのは嫌いなので、シート下の収納ボックスやダッシュボードの中に入れています。

 

この文章だけ見るとかなり神経質な人間のように思われるかもしれませんが、意外とおおざっぱな部分も持ち合わせています。

要は触れる物や口の中に入れる物に対して一番神経を使うのですが、そうでない物に関してはそこまで気になりません。

なので我が家のガスコンロは「料理してないんじゃないの?」と疑われる位にいつもきれいな状態です(料理後にどんなに疲れていても必ず拭き掃除をやるため)。

 

あと取り返しのつかない物は必ず防御しておきます。

 

例えば油汚れ。

油汚れはこびりついてくると落ちにくいですから、換気扇は事前にカバーをし、汚れて来たなと思うたびに交換ますし、ガスコンロ周りも必ずシートを貼ります。

 

あと、水周りもネバつかないように必ず洗浄剤を入れています。

以前、便利屋時代のお話でもお伝えしましたがヘドロもかなり強敵です。

なので排管もこまめに洗浄液で洗浄しています。

 

tyusen-yo.hatenablog.com

 

 

アルコール除菌スプレーや、透明の簡易手袋はかなり昔から使っていましたが、コロナ禍になり始めの時、店頭から姿を消したのは私はかなりショックでした(にわかファンではないですが、普段使わない人までが買いだしたことで、一気に品薄状態になったわけです)。

今は市場に十分な供給量が出回っていますが、今でもきちんと購入している私から見ると「みんな最初だけ飛びついたんだろうな」と今でも思ってしまいます。

 

何か話が逸れているような感じですが、今回はそんなこまかい行動を取る私をくまなく見ている息子の行動についてです。

 

そういった行動が功を奏したのか、息子は私と外へ出かけた時も自分の手が汚れると気になるのか私に対し「手が汚れたアピール」をします。

そして、外出先のトイレで手を洗うと、きれいになったのがうれしいのか両手の手のひらを広げ「きゃっきゃっ」と言って飛び跳ねて喜びます。

 

また、家に帰ってからも私が「手を洗うよ!」と言えば、私に駆け寄ってきて洗面台で手を洗い、またまた手のひらを広げて喜びます。

 

あと、家に小さなゴミが落ちている場合も「ギョミー」といってゴミを指差し、私に拾ってとアピールしてきます(汚いと思うのか、なぜか自分では拾いませんが、、)。

 

さらにさらに、縁側から庭に出て息子と遊ぶことも多いのですが、庭から家の中に戻る時も必ず自分のスリッパを揃えて並べます!

その時もすかさず「エライねぇー」と褒めると息子は大喜びしてくれます。

 

私が掃除機をかける時も、各部屋にアンパンマンのニセ掃除機を持ち、一緒に掃除をしていますし(まぁ偽物なのできれいにはならないですが、息子の自分もきれいにしようという気持ちがうれしいですよね)、洗濯機をまわす時も私の横に立ち、洗濯カゴから私に洗濯物を渡してくれますし、部屋のドアを開けて部屋に入れば、律儀にドアを閉めてから私についてきます。

 

まだ2才8ヶ月の息子ですが、パパとママの真似をしようとするその姿勢は、おじさんである私の涙腺を刺激します(笑)。

 

親がきちんと行っていれば、それをいつも観察している子どもからすれば、それがスタンダードなんだと認識するんですね。

 

これが大きくなるまでちゃんと続くことを願うばかりですが、私と妻がきちんとお手本となる行動を取っていれば大丈夫な気もします。

 

子どもの成長って、すべての基本は家庭環境にあると私は思っています。

なかには道徳的なことも学校等の外部にすべて丸投げって方もいると思いますが、それで成長段階に問題が起こったとしても、そこに責任を押し付けるのはお門違いな気がします。

 

人間の子どもは他の動物の子どもと違い、自分で生活していく術を持っていません。

保護者って言葉があるように、自立するまでは親にすべての責任があります。

 

親が雑な考え方をしていれば、子どももそれに準ずる成長しかしませんし、親が常にイライラしていれば、子どもは顔色を伺い何かと萎縮してしまいます。

 

なかなか景気も良くならず、物価ばかりがどんどん高くなるのに、給料は上がらないという今の時代。

親が生活することに必死で、明るい未来を子どもたちに示すことが出来ない世の中ですが、家族単位で前向きに明るくしていけば、「笑う門には福来る」ではないですが、少しずつ変化していくのではないでしょうか。

 

もちろん親とて人間です。

年がら年中模範的な行動を取れるわけではありません。

なので私たち夫婦は息子の寝かしつけが終わった時点で、お互いの趣味である映画鑑賞をしてストレスを発散させています。

 

ただ息子は大きな病気もなく、本当に明るく元気に育ってくれています。

我が家は裕福でもなく、生活もどちらかといえばカツカツです。

子育ては疲れもしますが、元気な息子を見ているととても幸せな気持ちになります。

やはりこれに尽きると思います。

 

私は父が仕事人間&出世欲の塊だったこともあり、家系的には裕福な部類で育ちました。

ただ、前にもお話したように親と遊んで育った子では無かったので、いつも孤独感しかありませんでした。

結果、根暗となり世の中を斜に構えて見ることしか出来ない人になり、職も転々として不安定な生活を送ってきました。

 

いつも明るく、何事にも興味津々な息子ですが、そこは私と妻が愛情を注いだ結果だと自負しております。

要は裕福だろうが貧乏だろうが、親が明るく接していれば子どもは明るくなりますし、親がきちんと生活していれば、子どももきちんとした生活を送るようになります。

 

子は親を映す鏡であると同時に、今の自分の状態を映し出すものでもあるんですよね。

こちらも以前波動の話の際にお伝えしましたが、良い波動を親が出していれば、子どもはそれを素直に受け止めますから、自ずと良い成長を促すんだと思います。

 

tyusen-yo.hatenablog.com

 

 

子育ては奥が深いですが、まずは親が自分の生活態度を再確認して、改めるべきところを改めさえすれば、子どもの成長にとっての良いベース作りは出来るのではないでしょうか。

 

子育て中の皆様

かわいい我が家の宝!

その輝きを失わせないように明日からも笑顔で過ごしたいですね。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

ダメと言ってはダメ?

 

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まだまだ寒さが厳しい日が続いておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

私は相変わらず会社のタスクに振り回されております、、。

今まで色々な逆風がありましたが、今回はあらゆる業界に対して長期に渡りダメージを与え続けていますね。

 

SARSやMERSは「そういえば、そんなのあったね」レベルですが、こんな長期に渡ってもなかなか収束する雰囲気さえ見せない、新型コロナウイルスは今後思い出したくないウイルスですね。

どんどん変異していくし、本当にしぶといですよね、、。

今回のオミクロン株が最後になって欲しいなぁと願うばかりです。

 

私の息子はまだ2才8ヶ月で保育園も幼稚園も行っておりませんが、あらゆる角度からこんなに振り回される社会情勢の中、保育園や幼稚園に通っているご家庭は大変苦労されているんだろうなと心中お察しいたします。

 

お子さんを預けることも出来ない状況なので、ご夫婦が交代で会社を休まれ子育てしているという記事を見ました。

仮に社員でも有給休暇には限度がありますし、パートならひたすら無給で休むしかありませんから、無間地獄以外の何ものでもないですよね。

経済!経済!とも言いながら、そんな状況下では経済も回せないですし、抑え込みは相も変わらずまん防のみですし、いつになったら一筋の光が見えてくるのやらですね。

 

私も経済的に楽では無いですが、私のたっての希望で息子は保育園に預けておりません。

 

理由としては、私は長男で7才下の弟がおりますが、自身が幼い頃は私の祖母が面倒を見てくれるかわりに、私が生まれてからすぐに母も働きだしました。

祖母としては若い夫婦だった父と母に将来を見据えて、きちんとお金を貯められるようにしたかったようです。

 

覚えているというわけでもないですが、いつも孤独だった雰囲気はなんとなく脳の片隅に残っています。

優しい祖母でしたから不満もなかったのは事実ですし、前もお話したように読み書きなども熱心に教えてくれる人でした。

 

ただ、祖母が遊び相手だったかというとそうではありません。

 

父は父で完全な仕事人間で、いつも帰宅は午前様(高度経済成長期の真っ只中で、メーカーの営業職だった父は接待接待ばかりでした)。

母は母で優しいですが、天然でマイペースな人。

なので私が小さい頃は、いつもひとりで遊んでいた記憶しか残っていません。

 

その寂しい気持ちは大人になってからでも残っているもので、私のような気持ちに将来息子をしたくありませんでしたから、今は妻に専業主婦をやってもらっています。

 

もちろんそこは妻も賛成してくれておりますし、我が家では家計は余裕がなくとも、息子が幼稚園に入園するまでは思いっきり遊んであげようと決めました(もちろん入園後も遊んであげますが、友達が出来ればまたそれはそれで息子の心も変化していくのかなと思っています)。

そのおかげか分かりませんが、極度の人見知りの私と妻の息子とは思えないほど社交的です(それはそれで困る場面も多々出てきますが、明るく積極的なことは良いことだと自身に言い聞かせています)。

 

「三つ子の魂百までも」と言いますし、子どもの頃からいつも人の顔色を伺って生活していた私。

そんな私でしたから、まず考えるのは大人にいい子に見られることが優先。

息子はそんなことは一切気にせず、笑顔で相手の懐に積極的に入り込もうとして、知らない大人にもどんどん自身の存在をアピールします。

すごく対極的ですね。

 

もちろんTPOってものもありますし、相手の気持ちを汲むのは大事なことなので、そこは言葉がきちんと話せるようになってから追々と教えていくつもりですが、社会生活を送る上では絶対的に後者が良いかなと思っています。

 

かなり長い前置きになりましたが本題です。

 

みなさんは子どもに「ダメ!」って言っていますか?

もちろん言葉やある程度の常識が理解出来て、お子さん自身も話せるのなら話は変わってくるのですが、いかんせん我が家の息子はまだまだきちんと話せない2才児。

 

そんな息子ですが、「ダメ!」という言葉に対してはめちゃくちゃ敏感で、発した途端にとてつもなく癇癪を起こします

イヤイヤ期に入ってから顕著に表れ、私は昨年のイヤイヤ期突入時を最後に、息子に対しては「ダメ!」という言葉を封印しました。

 

確かに短く気軽に否定出来る言葉ですし、思わず使いそうになるのですが、イヤイヤ期は「自我の始まり」とのことなので、何かしようとする息子を端から否定してしまう「ダメ!」という言葉は使うべきではないなと私は判断しました。

 

ではそれに代わる言葉は何が良いんだろうって話です。

 

私は「ありがとーー、あとでねー」と一番言っています。

息子が理解しているかどうかは不明ですが、今やるべきではないことをやろうとした息子に、自身でアクションを起こそうとしてくれた心意気に対しては感謝を、ただそれは今ではないから「あとでねー」を混ぜただけなんですが、これを満面の笑みで言うとなぜか納得してくれます。

 

もちろん納得してくれない時もありますが、その時は息子を抱っこしながら同じことをすると落ち着いてくれます(最近は100cm越えで18kgあるから辛くなってきましたが)。

 

それでも納得してくれない時は、息子の好きなキャラクターの名前をただただ明るく言ったり、ネコの泣き声を真似て気を一旦逸らしたり、バカみたいなハイテンションになってみたり、とにかく息子が喜んで笑ってくれることを一通りやります(さすがにその行為を外で見られた時は恥ずかしかったのですが、「まあ、楽しそうですねー」と言われました)。

 

妻はどちらかというとすぐに「ダメ!」と言いがちなのですが、妻も妻でダメはダメと思ったのか「ママは今はそれは嫌だなーー」に最近は変わってきました。

確かに「ダメ!」よりは息子も落ち着いていますが、結局息子は息子で「ニャーダ、ニャーダ」(いやだ、いやだのことです)と嫌だ返しをしています(笑)

 

妻と息子は似ているのでしょっちゅう喧嘩をしているのですが、そこは似たもの同士。

いつしか仲良くなっています。

 

私は息子とは喧嘩にはなりませんが、息子は息子で私がやっていることを一所懸命に真似しようとします。

そしてそれが少し出来るようになると、自慢気に私にアピールしてきます。

なので私は包丁やハサミ等危ない物以外は可能な限りやらせてあげて(ネジを回す、洗濯機のスタートボタンを押す、サッシのカギを閉める等)、息子の自尊心を満たしてあげています。

 

私は父に「だからてめぇはダメなんだよ!」と幼い頃から言われ続けてきました。

父は父で叱咤激励のつもりだったかもしれませんが、幼い私はそうは受け止められませんでした。

だから大人になってからも自己肯定がなかなか出来ず、苦労することが多かったです。

 

まぁ私と違い、25才で父親になった父。

私も父と同じ年齢で子どもが出来ていたら、もしかすると同じ轍を踏んでいたかもしれません。

 

私は父の倍の50才で、そこそこ人生経験を積んでから授かったわけですから、一歩引いて冷静に物事を見る事が出来る気もします。

私が若い頃に生まれていたのなら、暴力こそ振るいませんが「ダメ!ダメ!」と言っていたかもしれません。

 

せっかく自分でやってみようって気持ちを持った息子に対し「ダメ!」という言葉はやはりダメですね。

 

こうして人はどんどん成長していくんだなぁとしみじみと感じました。

前にも書きましたが、子どもの成長は親の成長でもある気がします。

 

子が無事に成長して自立した時に、初めて親という称号を得られるのでしょうね。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

子育てと自身の波動の関係

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うーーーん、まん防!

またまた逆風が吹きだした私のいる宿泊業界ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

今年に入ってから一気に業務量が増え、今月はブログを書くペースも落ちてきております。

 

別に私はGoTo再開とか、特別な何かは望んでいないのですが(これを見られたら会社から怒られるのは確実ですが)、せめてみんなが普通に行き来出来る世の中に早くなればと願うのみです。

 

オミクロン株については様々な意見が飛び交っておりますが、ここまで感染者が増えれば、重症化云々の前に誰も旅行なんか行く気にはならないですよね。

博多駅周辺も少し前まではキャリーバッグを持った多くの方々がおりましたが、ここ最近かなり減った感は否めません。

何か毎年毎年同じ事の繰り返しにさすがに疲れてきました。

 

ホテル運営もオーナーから土地を借りている契約が多いのですが、ここへきてオーナーサイドから現状の報告書が欲しいだの、今後の予測が欲しいだの言いだしており、上層部の焦りがさらに増してまたまた波乱の予感しかしません。

 

この流れでいくと、経営層からまた新たに「あれも!これも!、そうだこれも!」と、どんどん手を広げさせて、またまた現場が振り回されるんでしょうね(すでにかなり振り回されておりますが)。

「あー、やだやだ、、」

 

すっかり愚痴から始まりましたが、今回は自身の波動についてお話させていただきます。

よくオーラが出ているといいますが、人から何か発されるものは確かにあると私は思っています。

 

昔、役者をやっている時にロケに行った時の事です。

テレビでは有名な俳優たちが沢山の現場でしたが、有名な俳優でもオーラが全く出ていない人もいます。

 

個人の好き嫌いは別にして、その人から発せられるオーラを持つ俳優はやはり実在します。

某国営放送のドラマだったこともあり、そのドラマに出演していた俳優は知名度が高い俳優ばかりでした。

 

かなりの数の有名俳優がいましたが、その中でも二人の俳優からはすごいオーラを感じました。

ひとりは普段の立ち振る舞いから、もうひとりは「スタァーート!」と声がかかてったから豹変する方でした。

 

私は出番ではなかったので、その撮影を間近で見ていましたが、当時21才で尖っていた私も、その息を吞む雰囲気のオーラにはとても感動し、撮影の間ずーーっと見入ってしまいました。

撮影が終わるとスイッチをオフにするのか、とても穏やかで気遣いのある優しい俳優さんで、売れているのにも関わらずお弁当が行き渡ったかをわざわざ確認してくれる人でした。

 

残念ながら普段からオーラ全開の俳優さんはお亡くなりになりましたが、もうひとりの俳優さんは今でも活躍されています。

 

波動の話からちょっとテーマから外れてしまいましたが、今回息子とのやり取りの中で自身が出す波動が息子に影響を及ぼしているんだと感じたお話です。

 

今年に入り何かと多忙な毎日となり、最近私自身の心に余裕が全くありません。

私は普段は定時で帰るように心がけており、帰ってからご飯の準備や後片付け、息子との遊びタイム、それが終わったら息子の寝かしつけをやるので、自由になる時間は大体1日で1時間から2時間程度です。

 

私はお酒を飲まないので晩酌タイムはありませんし、何度も言いますが妻は私が仕事に行っている間ずっと息子の面倒を見ているわけですから、私がいない間の時間を子育てに費やしています。

息子が順調にお昼寝すれば、そこが妻にとっての唯一のお休みタイムなわけで、昼寝をしない日はお休みタイムも全くないわけです。

 

私は仕事には行っていますが、息子に邪魔されるわけでもありませんし、普通にランチタイムも取れます。

男の人がよく「俺は仕事してきているんだよ!だから家くらいいいだろ!」的な発言をすると思うのですが、同じ男として理解不能です。

その発言には「誰が食わしてやっていると思っているんだ!」が見え隠れするのです。

 

子どもがある程度大きくなれば、夫婦で上手くバランスを取ればいいかと思いますが、我が家みたいにまだ2歳児のいる家庭にはそんな余裕は全くないはずなんです。

 

話を波動に戻します。

波動の話をしましたが、最近私が忙しいこともあり、家に帰ってからも電話やメールのやりとり等があり、今までのように完全なオフモードになれません。

 

感受性の強い息子は、その波動を感じてなのか最近少し荒れ気味で、執拗に私に対して「かまって!かまって!」が強くなってきています。

今までであれば、帰宅後は全力で息子の相手をしていたのですが、なんやかんやあるため常に頭の片隅に「さっきの返事来たかな?」とか、「何かやり忘れたことなかったかな?」等が常に頭をよぎっております。

 

息子は私の変化を読み取っているんですね。

だから夜も早く寝なくなりましたし、「ぼくと本気で遊ばないパパは最近何か変だな?」と思っていて、私が起きている間私のことが気になって気になってしょうがないという感じです。

 

確かに今年に入ってから会社の焦り具合の加速度がどんどん増してきていて、毎週毎週くだらない会議ばかりを何本もやり、毎週毎週やることリストの更新(やることは無限大と涼しい顔で言っていますが、それは平時であればまだ理解出来ますが、動きが制限されているのに、どの口が言うのか不思議です)。

我々には動け動けと言いつつも、経営層は在宅勤務(怒)。

そしてその進捗状況の確認のための会議(怒怒)。

 

いい年したおじさんがあえて言いますが、「焦った時こそ一歩引いて物事を見ることが出来ないんでしょうかね、会社(経営層)ってやつは!」

「待てば海路の日和あり」とも言いますし、別にみんなやる気がないわけでもないのに、信じようとしない姿勢が現場に不信感を抱かせております。

 

2020年の2月に始まった国内感染。

その時私は店舗の支配人だったので「軽症者受け入れ施設に手をあげたらどうですか?」と言ったのですが、当時の経営層は「それじゃホテルのイメージを悪くするだけ」と言い放ちました。

 

私の勤めている会社は中堅ホテルチェーンですが、中堅だからこそ知名度を上げるチャンスだったはずなんです(現にア〇ホテルが一番に手をあげて、称賛されていました)。

それを今は背に腹は代えられないのか、何店舗か受け入れ施設として稼働しており、むしろ受け入れ出来る行政を探していたりします、、、。

 

別に私が先見の明があると言いたいわけではなく、「その無駄に高いプライドは何なの???」と思っているだけです。

プライドばかり高いからチャンスを見逃すのでしょうね。

 

以前書いたブログの「サービス業の闇と私の悲しい性」でも書きましたが、ホテルの経営層はホテル経験は全く無い人ばかりが現場を動かしています。

 

一流大学を出て一流企業で培った経験だか何だか知りませんが、サービスを受ける側だった人にはサービスを提供する側の気持ちは絶対に理解出来ません!

 

全く関係無いかもしれませんが、「金持ちは貧乏人の経験が出来るが、貧乏人は金持ちの経験が出来ない」歯痒さと同じかと思います。

 

tyusen-yo.hatenablog.com

 

私が52才で息子が2才でなければ、今の状況であればとっとと転職していたと思います(自分に嘘をついて生きるって辛いですね)。

同僚はいい人ばかりなんですけどね。

 

そういった不平不満や業務量過多が今の私から波動として出ているんです。

それを息子は敏感に感じ、いつものパパに戻って欲しいと思っているはずなんです。

 

ただ今回の件で再確認出来たこともあります。

息子は本当に私のことが大好きなんだなと感じました。

家に帰れば「パパー!パパー!キャーーーーーーーッ!!!」という声が玄関の外まで聞こえてきますし、家に入ってからも私にべったりです。

 

屈託の無い笑顔を見せる息子に、ひきつった笑いでしか返せない私が情けないです!

 

こんなかわいい息子に不憫な思いをさせないためにも、穏やか且つ温かい波動で息子に接してあげたいなと思った今日この頃です。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!